2008年08月18日

江戸川乱歩

「本屋で偶然目についたから」という、なんだかよく分からない理由で、嫁が江戸川乱歩の短編集を買ってきた。

江戸川乱歩で思い出すのは、読書をする男の子にとって通過儀礼のようになっている少年探偵団対怪人二十面相シリーズ。私が初めて読んだのはおそらく小学三年生の頃じゃないかと思うのだけれど、おどろおどろしい内容に一気にはまり(挿絵もぞっとするよねあれは)、週に1〜2冊は図書館から借りていた記憶がある。私が一番真剣に読書していた時期って、実はこの頃じゃないかと密かに思っている。友達と遊ぶのも断ったり、「十五少年漂流記」や「メトロポリス」を読んだときには、途中でやめられなくなって夕飯も食べなかった。

が、今回嫁が買ってきたのは大人向けの怪奇小説、「芋虫」や「人間椅子」などが収録されている本だ。むろん小学生高学年から中学生にかけてこれらも読んではいたので、初めてというわけではない。 とはいえ、大人になった今改めて読むと、当時ではよく理解できなかった異常さや気味悪さを感じる。

とりわけ「芋虫」の、戦争のために手足と言語聴覚を失い、ぎらぎらした目の他は芋虫のように転がるだけの夫に対し、妻がSEXにふけるシーン。子供の頃には絶対に理解し得なかった気味悪さだ。 私が今回一番印象に残ったのは「人間椅子」。振り向くとそこに誰かが立っていそうな、この気味悪さといったら…。 もっとも、二通目の手紙のオチはどうかな? 私だったら最初の手紙だけでストンと終わらせるのだけれど。

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2008年04月08日

聖火リレー妨害を見て思う

北京オリンピックに向けての聖火リレーがヨーロッパを走っている。ロンドンからドーバーを渡ってパリへ。案の定と言うべきか、中国のチベット弾圧に対する抗議デモの標的とされ、一部区間でリレーが中止される騒動になっている。

チベット自治区への中国政府介入と弾圧が、ほとんど民族浄化活動に近い形で行われている。貴重な文化遺跡が破壊されていると知れば、当然私だって憤りを感じる。がしかし、ニュース映像で聖火リレー妨害活動を見て、不快な気分になる人も多いのではないか。私もその1人だ。

なんだろうこの気持ちは…と、考えて思いついた。形こそ違うが、グリーンピースやシーシェパードのような、エセ環境保護団体の運動に類似したものを感じ取ってしまうからだ。 百歩譲って、実力妨害している彼らも正義感ゆえの行動だとしよう。しかし、「抗議している自分」に酔ってしまうことで理性が効かなくなり、攻撃の対象が無差別に拡散してしまっていることについて、私は心から嫌悪する。これはファシズムの始まりとどう違うのか。

* *

たしかロサンゼルスオリンピックの時だった思うが、コカコーラ社がスポンサーとなり聖火リレーの一般公募を行っていた。コーラのラベルだったかを枚数をそろえて応募すると、抽選で聖火リレーとして参加できるしくみだ。私もワクワクしながら、好きでもない清涼飲料を飲んで応募したような気がする。落選してしまったけれど、一般人でも聖火リレーに参加できるかと知ったときのあのワクワク感は、ひとつの思い出として妙に心に残っている。長野オリンピックの時も多くの一般市民がリレーに参加し、大切な思い出を作っていることが報道された。

聖火リレーのランナーにはなんら罪はない。チベット弾圧を隠そうとする中国政府の手先でもない。ひとりひとりが、「聖火を運んでいるのだ」という誇りを胸に、トーチを掲げて走っているだけだ。そのランナーに襲いかかり、水をかけ、消化器の噴霧の標的にし、ましてや沿道から缶を投げつけるなど、いったいどういう正義があっての行動なのか。ニュース映像を見ていて怒り心頭になった。

本来なら誇らしい表情で走るはずだったランナーらが、ひどくおびえた表情をしているのが頭にこびりついて離れない。ひとつの救いは、この様子がチベットでも放送され、学校では先生が生徒らに向かって「これが私たちのための行動であっても、断じて暴力行動はしてはならない」と諭したことだ。

Jリーグで現在最下位チームのサポーターをしている私だからこそ、自戒の念として改めて思う。怒っている時こそ、冷静にならなければならない。怒りの矛先と表現方法を、間違ってはならない。ヘタをすると逆に利用されるだけだ。

聖火は今月中旬には日本に上陸する。 中国政府への抗議のデモはがんがんやれとは思う (私は参加しないけど)。 しかし、聖火ランナーへの直接妨害など絶対にあってはならない。

* * *

と、それはそれとして置いといて。 私は嫌みな人間だから、たとえばロンドンでイギリス人が「チベットに自由を!」と叫んでデモをしている光景を見ると、彼にインタビューをしてみたい衝動に駆られる。

「アヘン戦争のことを知っていますか?」 と。

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2008年02月26日

携帯からテスト投稿

DSC00030.JPG
携帯から試しに投稿
さてどうでしょう
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2007年04月14日

何年前から「時代」?

今やっている仕事の初校が出てきた。見ていて気がついたのだが、たとえば古い建築物や物品を紹介する際、

江戸時代の。とか、明治時代の。とか、大正時代の。などと、とりあえず大正までは「時代」がつく。が、なぜか昭和になると時代が付かない。確かに昭和時代のカラーテレビとか、昭和時代のパソコンとか言われても感覚的にしっくりこない。

なんでですかね?「時代」がつくには何年くらい経過してからなんでしょうね? と仕事を一緒にしているタカハシさんに聞くと「さあ…。社会で働いている人のほとんどは昭和の生まれだからでしょうね。本でいえば編集の人が平成生まれにとってかわったら昭和にも「時代」がつくんでしょうね」と、わりと相対的な答が返ってきた。ちなみに今年から昭和表記には括弧で西暦を入れるようになった。昭和39年(1964) みたいな。

来年で平成生まれも成人する。私や皆さんが昭和「時代」の生まれになるのもそんなに遠くはありませんよ。
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2007年04月10日

shall we shiba-kanri(ber.070410)

昨年よりはきれいな芝生の庭にしようと、目土や液肥の散布などを天気の良い日を選んでちまちまとやってきた。

ここで思わぬ芝の天敵が出現。

070410.jpg

うんちやおしっこは大目に見るけれど、庭をほじくり返すのだけはやめてー。

芝の茎がちょろりと外に出ているのをほじくり出すのがおもしろいみたいで、庭をくんくん探し回っては茎を見つけ出し、幼稚園児の芋掘り体験みたいに土をほじくる。

やーめーてー
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2007年04月05日

ブログ引っ越し備忘録

自分の備忘録および誰かの目にとまって役立てば

infoseekレンタルサーバーでのMvableType3.1からさくらレンタルサーバーMovableType3.3への、記事の移行。

【成功しなかった方法】
旧ブログ側の管理画面で、「書き出し」でテキストファイルをパソコン上にダウンロード。テキストエディタで確認したのち、新ブログ側管理画面「読み込み」でパソコン上の書き出しファイルを読み込ませる。

この方法では失敗。

問題は2つあった。

infoseekでの書き出しが途中で止まってしまう。だいたい1MBを越えるとそこで停止してしまう。infoseekに原因があるのか?それともMovableTypeの仕様? 3年間近く書きためた私の記事は量が多すぎるということらしいが、その程度他にもいくらでもいるはずだ。まずいでしょ、これ。

仕方なしに書き出した範囲で読み込ませようとしても受け側から「読み込みファイルが大きすぎます」と言われる。なので、テキストエディタで開き、半分くらいに削って再度読み込ませると、読み込みはするもののなぜか無視されてブログに反映されない。

原因

書き出しが途中で止まるのは原因不明。infoseekの責任ということにしておこう。あるいはMovableType3.1のせい?
読み込みがうまくいかないのは、ひとつは「パソコン上」に置いたファイルを読み込ませようとするとデータが大きすぎると拒否されること。もうひとつはテキストエディタで開くと、コードが変えられてしまうらしいこと。←この原因がわかるまでに時間がかかってしまった。不思議だ。ネットでしらべたらいくつも出てきた。 ちなみに秀丸エディタ、ノートパット、どちらでやってもダメ。開いて、それを上書き保存しただけでもう読み込めなくなります。なにもいじってないのにー!

解決策
書き出したテキストファイルはいっさいいじらず、FTPで新ブログ側のmtフォルダ下にある「import」フォルダにコピーする。この際途中でテキストエディタなどで絶対に開かずに(必要なコードが変わってしまうらしい)書き出したファイルをそのままimportフォルダへコピーすること。
そののち、読み込みボタンをクリックすると自動的に読み込んでくれる。なるほどimportフォルダに入れたファイルを自動で読むようになっているんだね。

infoseekでは私の3年間書きためたログを一括で書き出したくれることができないのは諦めた。書き出した分は旧ブログから記事削除。そののち書き出し。また書き出した記事を削除。

結局三回繰り返して、ようやく全文のログの書き出しが終った。
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2007年04月04日

データ移行が大変

アルビレックスのファンブログを、サイト移転しようと思っている。
さっそく新しいサーバーを契約し、

というか、それはつまりここだ。

過去のログを移転使用としたのだが、これがなかなかうまくいかない。

デジタル世代になって誰でも気軽に記録を世界に向けて発信できるようになったが、その記録はあっけなく消滅してしまうことを強く感じた。
個人の日記レベルであっても、それが後々何かの貴重な記録になる可能性はある。だがしかし今、とくに無料ブログを借りている人はいろいろな事情で移転しなければならなくなったとき、さて、それまでの資産をどうするつもりだろう。

おそらくほとんど人が「諦める」もしくは「諦めざるを得ない」状態にある。無料ブログはデータの書き出しや取り込みができないものが数あるのだ。これはちょっとびっくりだ。
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2006年01月30日

書けなかった話。国際結婚

2週間ほど前に、結婚仲介所の広告のお仕事を頂いた。(取材前日に電話をもらったのだ!)。広告といっても直接に商品を宣伝するのではなく、いわば「会社案内」のような内容の記事である。

 当日、取材先の社長宅に広告会社営業の人と2人で向かう。結婚仲介所といっても、全国チェーンで広告を派手に出しているようなところではなく、新潟県内のみで展開している会社だった。自宅兼事務所兼応接室で、ドン小西に似ている社長さんに二時間近くお話をうかがったのだが、その中で一番印象深かったのが「国際結婚」についてだった。本当はその話をメインにして記事を書こうと思っていたのだが、取材帰りのクルマのなかで、営業の人がすまなそうに切り出した。

「あのですね、実は新聞広告で「国際結婚」という言葉は一切つかえないんです。ごめんなさい」

ええー。せっかく一番印象深かった話だったのにと思い、その理由を聞くと。アジアから花嫁をもらってくる行為について、『豊かな国(日本)が、貧しい国の親に金を握らせて女性を買ってくる』ような、そんな悪い印象をもたれているために、広告としては避けているのだという。というか、正直に言うと私自身がそういう偏見を持っていたことも否定しません。今回話を聞いた結婚仲介所も、日本人男性に対して中国、韓国、スリランカ、タイなどの花嫁を紹介している。豊かではない国から日本に嫁として連れてくる行為に対して、私は良い印象を持っていなかったことを白状しておきます。だからこそ、社長さんから聞いた話がとても印象深かったのだが、新聞広告の慣例というやつなので素直にあきらめ、別の内容で原稿を仕上げることになった。

で、せっかく印象的だった話だったので、もったいないのでここに書くことにします。『王様の耳はロバの耳!』

?こちらは国際結婚の率が多いんですね。
「ええ、何度見合いしてもちっとも話がまとまらない男性の、母親の一言がきっかけになったんですけれど、それが元で韓国の女性を紹介するつてができました。今では中国、タイ、スリランカ、えーと、ロシアとか。そんな国の女性とも結婚紹介をしています」
?どういう男性が国際結婚を求めるんですか?
「求めるというか、私が紹介します。というか、そうならざるを得ないんですよ。現実的に」
?というと?
「言ってはなんですが、私のところに来るのは30後半から40代とかの「結婚できない」男性なんですよ。その男性が、どうしても結婚したくてここに相談に来るわけです。その中でも、自分の子供がどうしても欲しい。自分の子供を産んでくれる女性を見つけて結婚したい。と、真剣に願って相談してくる人がいます。確かに結婚相手探しだけなら30、40代の女性でもいいでしょう。でもね、子供を産んでもらおうとするなら、正直なところ20歳代の女性じゃないと難しいんです。わかりますよね」
?はい、私たち夫婦がまさしくそうなので、子供ができにくいのはわかります。
「その男性がモテるんだったらいいでしょう。あるいは年収が1千万円あるとか、そういう条件があるのなら若い女性も見つかるでしょう。でもね、日本の20代の女性が、金持ちでもなく、ぱっとしない40歳の男性を紹介されて結婚すると思いますか?ありえないんですよ」
?現実的にはそうでしょうね。
「国際結婚をアジアからの人身売買だと非難する人がいます。確かに日本が豊かな国だからこそ、アジアの女性やその両親も、日本の男のところに嫁に出すんでしょう。それは否定しません。でもね、結婚というのはそもそも大なり小なり、「利」があってするものでしょう。日本人女性だって男性の経済力は大切な結婚の要因のはずです。子供が欲しいと願う男性に『あんたと結婚して子供を産んでくれる若い女性が、今の日本には見つからないだろうから、子供はあきらめなさい』といえますか? 外国からお嫁さんを探してくることをあきらめさせるのが良い社会ですか?」
?社長が先ほどおっしゃっていた「少子化対策に貢献している」との意味もあるわけですよね
「そうです。それにですね、(そういいながら、自分のカバンの中から年賀状の束を取り出す) これは私の宝物なんですけれど、私の紹介で国際結婚した人たちからきた年賀状です。不思議なことにね、日本人どうしで結婚した人たちは、そういう事実を隠したがるのか私に年賀状を出さないんですよ。でも、国際結婚した人たちは違います。こうやって私にきちんと感謝してくれて、毎年年賀状をだしてくれる。赤ちゃんが生まれましたなんてことを知らせてくれるんですよ。ほら、この子なんて双子ちゃんで、可愛いでしょ。・・・それとね、私のところで国際結婚した人たちの離婚率、今まで300組を成立させたんですけれど、そのなかで離婚したのは3組だけなんですよ。たった3組ですよ。今の日本の離婚率、知ってますか? アジアの豊かでない国から花嫁をもらう行為の背後にお金が絡んでいることは否定しません。でも、人身売買なんかじゃないですよ。それに、結婚は幸せになることが目的のはずでしょ。日本人どうしでもすぐに離婚してしまう夫婦と、こうやって子供を産んで毎年感謝の年賀状をだしてくれる夫婦と、一体どっちが幸せだと思いますか」
?そうですね。ところで国によって女性も異なると思いますが?
「たいていの男性が中国とか韓国とか、ようするに自分たち日本人と見た目が一緒の国のお嫁さんを希望するんですけれどね、私は正直いって勧めません。とくに中国は、あれは文化としてはヨーロッパですよ。白人女性と結婚するくらいの覚悟をしておかないと太刀打ちできません。さっきも言ったように、なにしろこっちは『今まで結婚できなかった』男なんですからね(笑)、中国人女性と結婚したら完全に負けますって。私が見てきた範囲ではスリランカの女性が合うようです。顔つきや肌の色が確かに日本人とは違いますけれど、あそこは昔の日本のようなところがありますからね。まあはっきり言えば、スリランカはまだ男尊女卑の社会らしいんです。女性は男性の言うことを聞くものだと、そんな意識が残っています。ですから、特に押しの弱そうな男性にはスリランカの女性を勧めています」

と。そんな内容でした。
先ほど書いたように、実は私自身が、アジアから花嫁を見つけてくる結婚紹介所に偏見があったのは事実です。今でも全てスッキリしたわけではないけれど、やはり実際に現場にいる人の話を聞かないと、分からないことはたくさんあるのだなぁ。と思った。

で、うかがった話から「国際結婚」(およびその意味に取れる言葉)を一切抜いて書いたものが、1月20日讀賣新聞新潟版に掲載されました。よかったら探してみてください。
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2006年01月23日

子供の名前

アルビ観戦仲間の たえちん に赤ちゃんがもうすぐ誕生するのだそうだ。おめでとう。

残念なことに我が家にはまだコウノトリさんがいらしてないのだが、仮に赤ちゃんができた場合、名前をどうしようかと話題にしてみた。

私の名は浩一。父は恭二で、祖父は勇三郎だ。 まるで狙ったかのように、「三、二、一」とカウントダウンしているので、ここは当然、我が家に男の子が生まれたとしたら、今度は「零」をつけるしかないだろうと思っている。その次からはまた一から登っていけばいいか。うん。そういうことにしよう。これ、我が家での男の子の名前の家訓に決めた。今決めた。そう決めた。

では女の子だったらどうするか?嫁と話し合った結果、女の子の場合は、お母さんの名前からしりとりでつけることにした。今決めた。これが我が家の家訓にすることに今決めた。男の子の場合は数字で順番につける、女の子はお母さんの名のしりとり。うん。これ、我が家の今後の家訓ね。

嫁の名の最後は「み」で終わる。だから女の子の名前は「み」で始まる名前にしよう。そういうことになって、いろいろと考えてみた。

「えーと、やっぱりかわいい名前がいいよね」

「うん。果物の名前とかいいかもね。あんず とか、りんご とか、もも とか」

「じゃあ、えーと、み、み、み・・・・み  みかん!」



       みかん はダメだろ。 ん は。
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2006年01月06日

年末にハマった「女王の教室」

新年あけましておめでとうございま   した。

きちんとマメに、日記として更新していくつもりだったのですけれど、これじゃあ新年の決意もナニもあったものじゃないですね。
実は私、年末はテレビドラマ「女王の教室」2日間一挙全話放送!に、おもいきりハマっていました。
元からこのドラマの噂は聞いていたので興味はあったのですが、面倒くさがりやの私は「何曜日の何時から常に見る」ということができなくて、ドラマを見続けられないのです。
で、2日間見続けたあとで、ハマった私は妻にこう切り出しました。

「ねえねえ、あのさ。『女王の教室』ごっこ、しない?」

「なにそれ?」

「あのさ、これから二人の全ての会話をね、全くの無表情で冷たく言うの」

「・・・で?」

「たとえばね。これから冬だから朝なかなか起きれないでしょ。そしたら片方は冷たくこう言うの『いい加減に目覚めなさい』って。それからヘンな料理を作ってしまったら『イメージできる?』って、食べる前に想像してみるの」

「・・・お、面白い?それ?」

「ダメかな?」

「却下」

そんな感じでちょっとも妻は遊んでくれません、そんな年末でした。みなさんはどんな年末年始でしたか?
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2005年12月21日

ハッピーのおすそわけ

昨日、20日のお昼に携帯電話がなった。通話ボタンを押す前に確認した画面には、かすかに覚えの有るひとの名が表示されていた。
去年の7月。水害の後で私が泥すくいのお手伝いに行った三条のお宅。その後、実家で余っていたテレビをプレゼントした女性(年齢ちょっと高め)からだった。
ようやく(ようやくだよ!)、仮設住宅から新しい住まいに移ったとのことだった。「あの時もらったテレビ、大切に使っています」とのことだった。

あの時私が泥すくいをした女性の借家は、あの時の女性の不安がやっぱり的中して、そのまま取り壊されてしまったらしい。まあね、現実的に言って、仕方ないとは思う状態だった。

テレビ台の中にあった、思い出がいっぱいつまった大切なアルバムはすべて泥だらけになってしまっていたけれど、あれはきれいになったのかなぁ。旦那様の写真は見せてもらえなかったけど。どんな人だったんだろうね。
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2005年12月17日

紫色の鴨汁

親から鴨肉をもらってきた。よし、これで鴨汁を作ろう。


ネットでレシピを調べてみたが、さすがに鴨汁は全国一般的には個人で作る料理の範疇には入っていないらしく、検索してもあまりヒットしない。いくつかヒットもしても、それはうどんとかおそばとかの汁。鴨南蛮だったりする。


そんななかで、ようやく見つけた鴨汁レシピ。「サツマイモ」を入れると美味しいと書いてあった。台所をごそごそと探すと、それらしいイモを発見。かなり大きいので半分に切ってみると、なんと断面が紫色。


うーむ。


しばし考えること1分。(うそ、実は10秒くらい)


まあ、芋には間違いないから、ちょっと色はあれだけれど入れちゃえ入れちゃえ。と、鍋にぶち込み、その他の材料と煮る。


えーと。


鴨汁がじつに見事な紫色になりました。紫です。紫。どう見ても食べ物として美味しそうに見える色ではありません。ごまかすつもりで味噌をだぱだぱと放り込んでみましたが、すると、味噌の色と紫が混じって、更におぞましい色になっていくではありませんか。あぶないあぶない、あぶなーい。(松木調)


うげげげ。


食べ物としてとても致命傷的な色になりました。帰って来た嫁に速攻で謝りました。「ごめん、なんだか鴨汁がとんでもないことになったよ」と。


でも食べたら芋の甘みが良く出ていて、美味しかったです。

posted by ちゃきん at 22:07| Comment(7) | 日記

2005年11月22日

好みの変化



北方文化博物館


歳をとるといろいろな嗜好が若いときとは違ってくる。そんなことをここ2年くらいで、ものすごく実感している私は、もう、誰はばかることのない立派な中年である。


食べ物の好みは巷で言われるように、まず脂っこいものが好きではなくなった。ついでに動物性たんぱく質もほとんど体が欲しなくなった(けっして嫌いになったわけじゃないけど)。  中学生のときなんて、とにかく肉、肉、肉! だったけれど、今では本当に「肉はたまに食べればいいや」になった。実際最近は日々野菜を食って生きながらえている。そのうち羽が生えて蝶になるのではなかろうかと思うくらいに、菜っ葉ものばっかりの時期もあったくらいだ。


若いときには、成長に必要な栄養分を自然と体が欲する。まずは糖分、そしてたんぱく質。したがって一般的に子供は甘いものと肉が大好きだ。私も中学のときは魚なんてちっとも食べたいと思わなかった。ぎらぎらと脂がテカる肉をひたすら食べたかった。ところが体が成長しきると、糖分もたんぱく質も不要になる。日々エネルギーにしやすいものだけほしくなる。(知ってますか?動物性タンパクを消化するにはものすごいエネルギーが必要で、体に負担がかかるんですよ。「肉だけ」食べていると体重が減るんです)  そうした自然現象によって、食べ物の嗜好も変化していく。とまあ、そんな感じ。


食べ物の好みが変化するのは、明白な科学的理由があるから納得もするのだけれど、不思議なのはもうちょっと感覚的なものまで変化してきたこと。それはたとえば風景だ。


若いときは春の時期、草花が芽吹き、桜が咲いている風景が好きで、秋の紅葉の風景などちっとも好きではなかった。しかし今日、新潟の豪農の館をいくつか巡り、素晴らしい庭園に色づく木々を見る自分の視線が、かつてとは全く違っていることにちょっと驚いた。多分、今のドキドキした感覚は、もはや来年の桜の時期には味わえないのでは無いかと思う。若い頃には大して好きではなかった紅葉の風景に、なんだかとてもドキドキするのだ。


なんでだろう? 私は結構理屈っぽい性格なので(だってオヤヂだもの)、自分の嗜好の変化に理由を求めてみた。


うーん。それはやはり体が共感するものが変わってきたからじゃないかと思うのだ。


若いときは、「これから芽吹く命」に体が共感して、新緑の淡い緑や、咲き乱れる桜にドキドキした。ところが40を過ぎて、体が共感する対象がシフトしてきたんじゃないかと思うのだ。それはつまり、「これから枯れゆく紅葉たち」に共感を覚えるようになってきた。って、ことなのだろうか。なんとなくそんな気がする。


うーん。

書いていると辛気臭くなるぞ。暗くなってくるぞ。まだ私は枯れるつもりはないのだが。




市島邸

posted by ちゃきん at 18:12| Comment(2) | 日記

2005年11月08日

自分に座布団一枚あげたくなった返答

忘れないうちに書いておこう。一ヶ月くらい前のことだ。


何がきっかけだったのかは忘れたが、モモはカメラ用のブロア(空気で埃を飛ばす手動ポンプみたいなもの)がとてもお気に入りだ。 たとえ巣の中で寝ていようとも、ゲージの外でブロアを握って『ぷしゅ。ぷしゅ』と鳴らすと、ごそごそと這い出てきてガシガシとブロアの先端をかじる。これをやっている時は、ひまわりの種も全く目に入らないくらい熱中しているのだ。試しにブロアを引き離そうとすると、えらい剣幕でしがみつき、「ぜったいに放さないからね!」という表情(かどうかは微妙だが)で引っ張る。その必死さがえらく面白い。


ブロアの先端から空気が出る度に、モモのほほ袋がまるで風船のように膨らんだりしぼんだりする。それが気持ちよいのか、とにかく彼女はブロアに夢中だ。いやちょっと待て。「お気に入り」とは書いたものの、もしかするとモモは「敵」として攻撃を仕掛けているだけのかも知れない。そのあたりは実際に聞いてみるしかないのだけれど、質問してもモモはちっとも答えてくれない。(当たり前だ)




意地悪してひっくり返されても、恍惚の表情でブロアをガシガシと噛むモモさん。 頬が膨らんでます。


『こいつ、バッカじゃねぇの?』とか思いつつモモと遊んでいると、それを見た妻が、 「ダンナさまは、ヘンな生き物が好きなんですねぇ」 と言った。


 


 


そうだよ。だからキミと結婚したんじゃないか。


 

posted by ちゃきん at 18:14| Comment(2) | 日記

2005年10月27日

佐渡のイラストレーター。ジョニ・ウェルズさん。


「島へ。」という雑誌から仕事を頂いて、26日に佐渡へ行ってきた。取材先はジョニ・ウェルズさんというカナダ出身のイラストレーター。現在読売新聞の東京版で週に一度連載をもっているらしい。ジョニさんは水彩画を中心としたイラストを描いているが、カナダ、あるいは東京に自分の絵を送るにも、スキャナで読み取ったデータをメールで送るだけ。今では自分の仕事で佐渡から出ることはほとんどないという。そういえば、今回の私も、編集部の人とは実際に会ったことなど一度も無い。電話とメールで連絡を取り合い、必要なものは宅配便で送る。それだけだ。私の担当は女性の方なのだけれど、どんな顔をしているのかね?



なかなか興味深い話を二時間近くにわたって聞かせていただいたが、本で記事になるのは2ページだけ。今回は写真を大きめに使用するとのことで、文字数にすると1400文字しかない。1400文字というと、小学生のときの作文の時間に400字詰原稿用紙を埋めるのに四苦八苦した記憶のある人にはとても多いように思われるだろうが、実のところ活字にしてみるとほんのわずかの量でしかない。ちなみに今日の日記は、ここまでで既に文字数が約300文字だ。パソコンであれこれタイプしていると、1400文字などあっという間に埋まってしまい、あれを削りこれも削り、それでも結局1600文字をちょっと超えてしまった。


今回は写真も含めて完全に自分1人の取材で、逆に言えばある程度はデザインの自由度はあるので、もうこのまま1600文字でいいや。と、そのまま入稿した。あははは。


で、文字数の関係でどうしても書けなかった部分も含めて、ちょっとここに書きたいと思う。


ジョニさんの心の中では、カナダよりも佐渡のほうが「地球の大きさをダイレクトに感じることが出来る」土地なのだそうだ。


カナダの場合は土地が広すぎて、海は海。山は山と限定されている気分がしていたのだそうだが、佐渡ではちょっと歩けば海。ちょっと走れば山というように、程度の良いコンパクトな広さの中に地球のいろいろなものが凝縮されているようで、それがとても気分が良いらしい。特に思い出深いのはドンデン山頂上の西側で海に沈む夕日を眺め、その翌日にはそこからわずか数百メートルの反対、東側に歩くだけで、海から昇る朝日を眺めることが出来るのだという。また、地球が平坦ではなくて球であることも佐渡に来て体感できたという。佐渡ではイカ漁が盛んなので、夜、沖には沢山の漁火(いさりび)が現れる。山を登る前に漁火の数を数えると、5つ見つけられる。そこから徐々に登り始めると、5つあった漁火が6つになり7つになり、そして頂上に登ると10の漁火を見ることが出来る。そして山を降りると、10あった漁火が9つになり、8つになり・・・。そうやって、地球が球形をしており、高い場所に上ることでより遠景が見えるという体験を出来る。それがジョニさんはとても嬉しいのだそうだ。


彼はとにかく何でも「自分でやってみる」人だ。佐渡では能や人形浄瑠璃などの伝統芸能が、今でも庶民の娯楽として生き残っている日本で唯一の場所だと私は思っているが、ジョニさんはそんな佐渡にあこがれてカナダからここに移り住んだ。来た当初から佐渡の文弥人形第一人者に教えを受け、操るだけでなく、その人形までも自作してしまった。


「作り方なんて全然知らなかったけれど、見よう見まねでやってみたら、出来てしまった」とニヤリと笑う。そんな彼は今、自分の家の庭に茶室を建築中だ。さすがに設計図面までは引けないのでそこは本職に頼んだが、いわばプラモデルを作るノリで、実際に木を削り、組み上げるのはジョニさん自身だ。ただし、これも本職の大工ではないのであちこち隙間が開いていたりするのだが、「自分で使うのだからそれで十分」と、細かいところは全く意に介さない。茶室の名がまた面白い。「個乃庭 堂」と書いて読み方は「このていどう」。そう、つまり「この程度」なのだ。自分で作って自分で使ってそれで満足だから、この程度で十分ですよ。と、そういう意味らしい。そんなジョニさんのホームページはこちらだ


ジョニさんがあちこち改造している家は、実は借家だ。古い家なので、骨組みをいじらない限りは内部に手を入れるのは自由であると、大家から許しをもらっているとのこと。家賃は教えてくれなかったが、「庭を含めてのメンテナンスも込みだからね」と、破格の安さで借りているらしい。実は佐渡にはこのような、破格の値段で借りられる一軒家はかなりあるらしい。何故かというと、佐渡を出て暮らしてはいるが、それでも佐渡に残してきた家を手放すほどには気持ちが離れていない。そんな人が多いらしく、長期にわたって使ってくれる人に貸しているのだ。ただし、先祖から受け継いだ大切な家だから、どこの誰とも知らぬヤツに貸すのもイヤだ。その結果、不動産屋は通さずに、友人や地域がらみの人づてによって紹介された人にのみ貸す。そんな風潮があるらしい。事実、佐渡でのアパートや賃貸住宅は決して安くはない。あくまでコネクションによって借りられる物件のみ、広い一軒家が破格の値段で借りられるとのことだ。佐渡移住に興味のある人は、まずは観光で何度も訪れ、そこから現地の人と仲良くなって紹介してもらえるようになればなんとかなる。かも知れない。



東京の編集部が、取材費節約のために佐渡汽船とタイアップ。チケットはフェリー代も含めて提供してもらった。乗船費用はともかく、クルマを乗せると往復2万円以上かかる。前回の佐渡取材ではレンタカーを借りたのだが、今回はフェリー代も出していただけるということで、自分の車で佐渡に乗り込んだ。


しかし、正直に言うとあまりこれはありがたくなかったのだ。要するに、クルマをフェリーに乗せる手続きに掛かる手間と、出港40分前には手続きを済ませてクルマを所定の位置に待機させておかなければならないことを含めると、日帰り程度だったら明らかに現地でレンタカーを借りたほうが楽なのだ。



帰りは16時10分に佐渡を出港。港を出てしばらくすると、船内放送で「夕日がとてもきれいです。ぜひご覧下さい」のアナウンスが流れる。うん、なかなか良い心遣いだな。



前回は強引にデジタルカメラで仕事をさせていただいたが、今回は「ポジフィルムでお願いします!」と、きちんと指定されたために、2年ぶりくらいにNikon F3を使用した。きちんと写っているかとても不安で、ひとつのシーンを念のために何コマも撮る。そのため支給されたフィルム6本をあっという間に使い切ってしまった。仕上がってくるまでとても不安だったが、「まあまあなんとか」という感じだ。ただ、薄暗い室内の雰囲気を大切にしようと、フラッシュなしでの撮影で、しかも三脚を持っていかなかったために手ぶれを起こしていないかが不安。私の持っているルーペではそこまで確認できない。こればっかりは本の仕上がりを待つしかないだろう。ドキドキ。 ちなみに、ここに載せている写真は、予備に持っていったデジタルで撮影したものです。


 


で、ここまでで約2700文字。ほらね、1400文字なんてあっという間にオーバーしてしまうでしょ。

posted by ちゃきん at 22:25| Comment(12) | 日記

2005年10月05日

ニンニクくさい

珍しく風邪を引いた。
基本的に医者嫌いで薬嫌いの私は、いつもよりも多めの睡眠と気合と、そして民間療法でなんとか風邪をしのぐことにしている。風邪を引いた時にどのような対処をするのかは、それぞれの家庭によって違いがあり、それらを聞き集めていくと結構面白そうなネタ帳になりそうな気がする。ちなみに、子供のときには「風邪を引いたら温かいものをたくさん飲みなさい」としきりに言われ続けた。具体的にはホットミルクであったり、おばあちゃんのいるおうちでは生姜湯だったりもするだろうが、この「風邪を引いたら温かいものを飲む」というのは日本の常識だったと思う。ところが小学校高学年になったあるとき、NHK教育テレビでセサミストリートを見ていたら、アメリカでは「冷たい飲み物を沢山飲みなさい。できればオレンジジュースがいいですよ」というシーンが出てきて驚いた記憶が鮮明に残っている。そうかアメリカでは冷たいものを飲むことになっているのかふーん。と子供心にショックを受けた。日本が正しいのか、アメリカが正しいのか。どっちなんだろうと混乱した。そのあたりから私の中で、「健康の常識」に対する猜疑心が高まってきたのだった。だからどうしても、みのもんたが好きになれないのだ。

うそです。そこまで深くは考えてないですよ小学生の私が。

それでだ、すぐに話がわき道に外れてしまうのだが、今回の私の風邪である。
布団の中でふせっていると、妻が「たまご酒つくろうか?」と言ってくれた。彼女の家では、風邪にはたまご酒だったらしいが、私にとっては子供のときからの定番がある。それはニンニクをすり下ろした味噌汁だ。薬効的にどうこうというよりは、子供のときから風邪の時にはこうやってきた。という一種の刷り込み現象なのだろうが、熱があって体がだるい時にはこれが一番効く。   ・・・ような気がするのだ。

布団の中でいつまでもうだうだしているのも体に悪そうなので、ちょっと頑張って起きて自分でつくる。ニンニクをふたかけら、おろし金ですりおろす。すりおろしたおかげで部屋中がニンニクくさくなる。これを軽く煮立てて後は味噌だけ。たったこれだけの味噌汁だが実にこれが強力きわまりない。ふたくち飲むだけで全身から汗が吹き出る。 ううう。かなり強烈だ。ちょっと今回は、ニンニクの量が多すぎたかもね。寝室でも妻はニンニク臭さに顔をしかめる。私の体全体からニンニク臭が湧き上がっているという。ニオイが映る特殊カメラを用いたら、真冬のラガーマンから立ち上る水蒸気のように、私の体中からニンニクの湯気が立ち上っていたに違いない。

ところで、人間の感覚細胞の中で一番簡単に麻痺するのはどこかご存知だろうか。それは嗅覚細胞だ。同じニオイを嗅いでいるとすぐに鼻はバカになり、そのニオイを感じなくなる。世のオバサンたちが香水をつけてしばらくして、「あれ?まだ香水の香りが弱いかな?」と思ってまた香水をつける。またしばらくすると「うーん。また弱くなったわね」とさらに香水をつける。それはあんたの鼻が麻痺してるだけなんですから。そして電車の中で強烈な匂いを車内中に撒き散らして周囲の人を恐怖のどん底に落としたりするわけです。

本題は私の風邪だ。どうもすぐに話がそれるな。
一晩たって、自分ではニンニク臭も抜けたと思っていた。だって自分ではまったく匂わないんだもの。
そして今日は借りていた本の返却予定日だったことを思い出し、近所の図書館に行く。カウンターに本を返却し、さて、次になにか面白そうな本はないかと書棚を物色していると、私の隣で本を立ち読みしていたおじいちゃんがボソリとつぶやいた。

「ん? なんだかニンニクくさいな」
そう言って読みかけの本を鼻に近づけてクンクンと嗅ぎ、「この本か?」と不思議そうな顔をすると、パタンと閉じて書棚に押し込み、去っていった。ごめんよじいさん。ニンニクくさいのは本じゃなくて私なんだよ。

ひとり書棚の前でニヤニヤと笑った。私は今晩も、吸血鬼にだけは襲われる心配はなさそうだ。もっともこんなオヤジを襲う吸血鬼など居まいが。
posted by ちゃきん at 21:48| Comment(9) | 日記

2005年09月30日

小春日和

「こんな小春日和は、」と山口百恵が歌っていたのは私が中学生の時だったろうか、もしかするとまだ小学生だっただろうか。当時は小「春」日和というくらいだから春の天気のことなのだろうと単純に考えていた。ちょっとでもモノゴトを考える頭があれば、曲名が秋桜(コスモス)なのに、季節が春じゃおかしいだろうと気がついたはずだ。所詮私はその程度の単純思考しか持ち合わせていなかったのだ。それは今でも大して変っていないような気がするけど。


でも、実際にこの時期はまるで春のような気候である。私のようなノータリンが言葉で間違うだけでなく、植物だって春と勘違いして、公園ではタンポポが咲いていたりする。咲いた後で「うわー、こりゃ困りましたわ。春とちゃいますやん。これから冬ですかいな。ほな私はどーしたらよろしおますか?」なんて、インチキ関西弁で慌てている様が目に浮かぶのである。どーゆータンポポですか。


posted by ちゃきん at 17:50| Comment(1) | 日記

2005年09月29日

一日の最初は玉子できまるのだ

毎日ではないけれど、割と多くの朝に玉子で何かを作る。その日の玉子料理が上手くいくと、なんとなくハッピーな気分で一日を迎えられる。玉子料理といっても所詮は目玉焼きかオムレツのどちらかなのだけれど、これはこれできれいに仕上げるのはなかなか大変だ。


目玉焼きなんてフライパンに玉子を落として水を入れ、ふたをしてしばらくすれば出来るものだ。しかしこれを見た目まできれいに作ろうとするとなかなか難しい。適当に作ると、まるで月面クレーターのように、古くは坂本九ちゃんのように、最近で言えばヤンキースの松井の顔面のように、でこぼことなってしまう。こんな目玉焼きは美しくない。私が望む表面はあくまでつるつるてかてか。降り積もってまだ誰も足を踏み入れていない新雪のような状態であることが望ましい。


面倒くさい問題が我が家には一つある。目玉焼きに限らずだが、私は玉子の黄身はとろりとした状態が好みだ。たとえば目玉焼きである。これをアツアツのご飯の上に乗せ、醤油をたらしたらおもむろに黄身の部分に箸を突き立てて破く。黄身がトロリと流れ出しご飯の上を覆おう。これを食う。美味い。とても美味い。これは炊きたてのご飯じゃなければ絶対にダメだ。百歩譲ってご飯の代わりにあっさりと焼いたトーストの上に乗っけるでも良いけれど、当然これも黄身はトロトロの状態じゃなければ全く意味が無い。だがしかし、妻は「黄身はカチカチに固まってなければイヤ」派なのだ。私が観察している様子からすると、それは黄身カチカチが美味しいからという理由ではなく、そちらの方が箸でつかみやすくて食べやすいからなんじゃないかと推測している。


そんなわけで我が家で目玉焼きを作るには時間差攻撃になる。どこが攻撃やねん。

先に私の食べる方をフライパンから取り出す。それから約2分、妻の分はそのまま焼き続ける。そういう面倒くさいことをして我が家の目玉焼きは出来上がる。でも考えてみると、妻のそれが仕上がるまで私の目玉焼きは放置されることとなり、あぁ、せっかくのアツアツ状態が・・・。


で、写真は今日のオムレツ。味はフライパンに引いたバター程度で他は何もついていないプレーンなやつだ。比較的上手な形に焼けたので記念に写真を撮った。単純なヤツと笑いたくば笑え。フライパンを傾けて、「トントントン」と叩いて寄せて、あらよっと巻いていくのはなかなかに奥が深くて難しく、そして楽しい。せっかく形だけは上手に出来上がったけれど、完全に中まで火が通ってしまってこれでは玉子焼きだ。私はがっかりだが妻はこっちのほうが好みだと喜ぶ。私は勝ち負けで言うと負けた気分に浸る。オムレツを焼くのは難しくて面白い。本当は毎日でも作ってみたいのだけれど、腕前が上達する前にこちらの体のコレステロール値が上昇しそうなので自粛している。


 

posted by ちゃきん at 11:50| Comment(0) | 日記

2005年09月20日

三川旅行

18日に三川にあるきのこ園に行ってきた。園内ではきのこの即売所、きのこ栽培所、レストランがある。昔ここに遊びにきたことがあるという妻の記憶では『林の中がキノコの栽培所になっていて、観光客はそれを自分で刈ることができる。刈った重さによって料金を取られるけれど、入場そのものにはお金は掛からない』とのことだった。確かに入場そのものにお金は掛からなかったが、園内の様子は妻の行った頃とはずいぶん変っていたようだった。


まず、キノコは林の中に栽培されているのではなく、林の中に種菌糸が植え付けられているパックが整然と並んでいて、そこからにょきにょきと生えていた。 確かにキノコ園には間違いないが、これではキノコ狩りの趣など皆無だ。まさしく屋外にあるキノコ工場そのもの。しかも、既に先客に刈られまくった後で、残っているのは写真の「たもぎ茸」のみ。シメジやマイタケなどは影も形もない。


それにしても今やシイタケすらも、このおがくずのような栽培床で育てられていることに驚く。なんだか本当に「人口栽培」という感じであまり美味そうには見えないのだけれどね。


ところでこのタモギタケ。恥ずかしながら私は今まで食べたことも聞いたこともなかった。いやもしかすると知らないうちに食べていたのかもしれないが、少なくても今まで意識して食べたことはない。どんなものかと栽培所を見ると、かなり毒々しい黄色。森の中で偶然に発見しても、絶対に手を出さないだろう色だ。これを食べたら三分後にピンク色の象さんが私の周りで踊り始めて天国に行くような気持ちになって、で、本当に天国に行っちゃうのでは無いだろうかと疑問を抱くような、食べるキノコとしてはちょっと勇気のいる色である。どんな味なのか興味があるので帰りに即売所でこれを購入、早速夕飯で食べてはみたものの、いろいろと他のキノコも混ぜて食べたために、なんだか良く分からん。実に無駄な食べ方をしてしまった。


園内のレストランでキノコ汁を頂く。320円。大きすぎておそらくスーパーでは売り物にならないのではないかと思えるような、傘の大きくて肉の厚いキノコがこれでもかとばかりに入っている。これ一杯でそこそこお腹も膨れる。ところでキノコって栄養あるのだろうか?あまりありそうには見えないけれど、どうなんだろう。



きのこ園の後は、奥阿賀を探索。写真は不動滝の一の滝。落差が10メートル程度しかなく、このときの水量が少ないこともあって迫力的にはだいぶ不足している。この写真の奥には二の滝があり、こちらの落差は23メートル、それなりに絵になる光景だ。滝つぼの岩壁の中に不動明王が祭られていた。

posted by ちゃきん at 16:25| Comment(0) | 日記

日本酒の精米歩合

村上ついでに、取材を通してちょっと考えてしまったことについて記す。

村上市には酒蔵が二つある。最近は大洋盛で有名になってきた大洋酒蔵と、日本酒好きなら知らない人はいない「〆張鶴」を生産している宮尾酒蔵だ。現在、どちらの蔵も全ての酒で精米歩合を60パーセント以下にしているという。

ここで、簡単に精米についておさらいしておこう。
私たちが日常食べているお米は、玄米の表面を削り取って精米をしている。なぜお米の表面を削り取るかというと、表層にある胚芽や脂肪、灰分が味や香りを悪くするためだ。そして玄米に対する白米の重量パーセントを精米歩合と読んでいる。具体的に言うと、私たちが食べている白米は精米歩合が約92パーセント。つまりお米の8パーセント近くを削り取っていることになる。
これが日本酒造りとなると、更に精米率が上がることになる。一般にどんな日本酒でも75パーセント以下に精米する。そしてこれはあくまで一般論としてだが、精米をすればするほど良いお酒となる。品評会などに特別出品するお酒には、精米歩合が35パーセントのものも珍しくない。なんとお米の65パーセントを削り取ってしまうのだ。

昔は精米機の性能が今ほど高くなく、また、酒蔵が独自に精米歩合を上げるには技術的にもハードルが高かったらしい。ところが現在はかなり様子が変ってきた。精米機器の性能が上がり、昔だったら割れてしまったような高い精米歩合でも、安定して出来るようになった。したがって酒蔵は競ってこの高性能の精米機を導入し・・・と言いたいところだが、実際には精米機に掛けるコストや設置場所、人件費や技術などいろいろな要素があって、ほとんどの酒蔵が精米に関しては外注に出しているという。「精米する」というのはあくまで客観的でテクニカルな部分だし、その蔵独自の差別化を図れる部分ではないので外注に出すのは当然のことともいえる。新潟でいえば、県内ほとんどの酒蔵は新潟ケンベイに精米を出しているとのこと。ただ、宮尾酒蔵はいろいろな理由から今でも自社精米だという。

ご存知とは思うが、日本酒の原料や製造工程を分かりやすく表示するために、「吟醸酒」「純米酒」「本醸造酒」などが用いられている。先に述べたように、あくまで一般論としてだが、お米の精米歩合をあげればあげるほど高級な日本酒となる。昔は二級酒、一級酒などという区別があったが、あれは単なる税金徴集のための仕組みであって、お酒の品質とは全くといってよいほど関係ないものであった。今ではこの級分けは廃止されているが、ある程度消費者に分かりやすい基準を示す必要があったことから、それまでは漠然とした日本酒用語だった「吟醸酒」に対し明確な数値基準が設けられることになる。基準値は以下の通りである。

本醸造酒 精米歩合70パーセント以下
吟醸酒 精米歩合60パーセント以下
大吟醸酒 精米歩合50パーセント以下

当然だが、本醸造酒よりは吟醸酒が、吟醸酒よりは大吟醸酒の方が高価だ。

ここでようやく話は最初に戻る。大洋酒蔵も宮尾酒蔵も、全ての酒で精米歩合60パーセント以下にしていると書いた。つまり、基準から言えば出荷する全ての酒に「吟醸酒」のラベルを貼ることが許されている。吟醸酒と名がつけばそれなりの値で高く売ることが可能だし利益も高くなるだろう。だがしかし、実際はどちらの蔵もそのようなことはしていない。どちらも蔵として考える「吟醸酒」のレベルを超えたものにしか、そのラベルを貼っていないのだ。このあたりが蔵としての見識というものだろう。

8月末になって、別件の仕事で酒蔵の取材に行った。応対してくれた重役氏からは、コロンらしい香りが漂っていた。私のインタビューに応えながらタバコを吸われていた。
この男性はあくまで蔵の経営者であって直接的に蔵で酒を醸しているわけではないから、コロンをつけようとタバコを吸おうと自由なのだが、正直なところ気分が萎えた。この蔵の酒は昔から結構好きだったし、今でもとてもよい酒だと思うのだけれど、この取材でちょっと気分が萎えたのは正直な気持ちだ。宮尾酒蔵訪問の時なんて、ますますファンになってしまったのにね。

取材の帰り際に、一本のお酒を頂いた。本当に地元でしか販売していないお酒だという。家に帰って箱から取り出してみると「吟醸酒」のラベルが貼ってある。私の視線はラベルの隅へ移動し、あるものを探す。案の定というかなんと言うか、「精米歩合60パーセント」の記載を確認した。確かに基準上は吟醸酒に間違いないのだが、大洋酒蔵と宮尾酒蔵の取材後だと『なんだかなぁ』というのが正直な気持ちだ。もちろん日本酒は舌で味わうものであって数値で味わうわけじゃないから、こういったものに振り回されるほうがバカな消費者なんだろうけどさ。

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ところで、このエントリーを書く際に精米歩合について調べていたら、気になったことを発見した。

吟醸酒などのこれら表示基準は1990年から適応されているのだが、2003年に「純米酒」の製法品質要件から「精米歩合70パーセント以下」が削除されている。つまり現在は原料として「米、米こうじ」のみを使用(つまり醸造用アルコールや糖類など無添加)していれば、仮に精米歩合80パーセントでも純米酒の表示が可能となる。これはあらぬことを勘ぐりたくのも仕方ない改定だ。もっと怖いことには先に述べたように、普通はどんなお酒も精米歩合75パーセントまでは削るので、当然沢山の米ぬかが出る。お酒を不味くするからこそ削り取った部分なのだが、もしもこっそりとこの米ぬかでお酒を造ったらどうなるのだろう? お米には間違いないわけだから、それってやっぱり純米酒? これは漫画「夏子の酒」にも出ていた話だけれど、もしかすると現実になってしまった?

昔だったら高価だった純米酒や吟醸酒が、最近は1.8リットル紙パックでずいぶんと安く売られている。私なんて味のよくわからんちんのバカ消費者だから、「おお、こりゃまた嬉しいね♪」なんて買ったりしているけれど、やっぱり騙されてるのかなと不安になる。
posted by ちゃきん at 11:47| Comment(2) | 日記