2009年10月15日

大和デパートが新潟から撤退

今朝の新潟日報を見て、驚いた。デパートの大和が、県内三店舗を閉鎖する方針を固めたという。

大和、新潟店閉店は来年9月めど。長岡、上越は来年4月(新潟日報)
本県にある3店舗の閉鎖方針を決めた大和(金沢市)が、閉鎖時期について新潟店は2010年9月をめどに、長岡、上越両店は同年4月とする方針を関係者に示していたことが14日、分かった。15日に正式発表する。

私自身が最近、大和デパートどころか古町そのものにほとんど行くことがなくなった。したがって今になってしたり顔で、「それは悲しいですね」なんて言う資格は無いのだろうが、それでも、子ども時代のいろいろな思い出の場所となっていたひとつが姿を消すのは、心のどこかにぽっかりと穴が開けられてしまったような気分になる。

もう40年も前になるのかと、改めて自分の歳にびっくりするのだけれど、このニュースを読んでいるうちに幼稚園のころを思い出した。当時新潟市の上所に住んでいたわが家では月に一度、「贅沢をする日」というのがあった。 たぶん父の給料日だったのだろう。

「贅沢をする日」には家族一同、ふだんとは違う少々ぱりっとした服を着て、たいていの場合古町に行き、デパート最上階の食堂で食事をする。 当時、すかいらーくやロイヤルホストなどチェーン展開するファミリーレストランなど、姿どころか影も形もなく、庶民にとって「レストラン」といえば、それはデパートのレストランを指していた。と、思う。 少なくてもわが家ではそうだった。

古町のデパートといえば、大和のほかに丸大と小林。三つのうちのどれがどうかという区別の記憶はないのだけれど、「贅沢をする日」になると、その三つを順にはしごした。

子ども心にわくわくしながらエレベーターに乗る。「上に向かいます」というきれいなお姉さんの声。今でこそ一部でしか見なくなったエレベーターガール(今でもそう言うのかな?)が、おそらく一番一般的だった時代だろう。


食事が終わると、少しばかりのお小遣いをもらい、屋上のゲームコーナーに向かう。コーナーと言っても一区画ではなく、一つのフロアがまるまる遊具であふれていたから、今で言うならゲームセンターなのだろう。 子どもにとってはこれからの時間が一番のメインだった。

コンピューターゲームなどもちろんなかったので、遊技場に置いてあるのは、なんらかの「実態」を持った筐体(きょうたい)のゲーム。 私が必ずやるのはこれだった。

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クルマで逃走する銀行強盗を追う警察官。 右へ左へと蛇行するギャングのクルマの後ろにぴったりくっつき、拳銃で撃つ。 光センサーのようなものがあって、命中する度にギャングの人形がピコーンと倒れる。もらった小遣いはほとんどこれに投入していたような気がする。

もうひとつ、子ども心にとても気になっていたのがこれ。かなり大きい筐体で、いつも10人くらいが同時に遊んでいた。

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おどろおどろしい雰囲気を演出すべく、赤やオレンジの電球がちらちらとゆらめき、鬼だか悪魔だかの人形が出たり隠れたりの、射的ゲーム。遊んでいたのは小学高学年から中学生が主だったのかもしれないが、でも、大人も結構いたように記憶している。

販売機で弾を購入し、鎖で台につながれている空気銃に弾を込め、人形の的を撃って遊ぶ。 特に得点が出るわけでもなく、景品もなかったはずだ。幼稚園児の私には、台も高すぎ、また、おもちゃといえども結構な重さがある銃と、そのバネを操作するには非力だった。 すごく遊んでみたかった。しかし、私と同じくらいの歳の子は誰もいない。「そのうちいつか、あれで遊んでやるんだ」と決意しながらも、結局一度も触れないうちに、父は新潟市郊外に家を建て、引っ越しをした。古町が遠くなったわが家には、「贅沢をする日」も自然と消滅した。

気がつくと、デパートから「遊技場」がなくなり、かわりに「ゲームコーナー」ができていた。「実態のある」筐体のゲームがなくなり、モニター画面上に映像が表示されるだけの、バーチャルなコンピューターゲームに取って代わった。そして私はおじさんになっていた。

ああ、もういちど、あの「実体のある」筐体ゲームで遊んでみたい。

追記

気になって検索しまくって、ようやく探し出しました。こちらのブログ経由

「りんご色のほっぺ」 アンタッチャブル(関西精機製作所)

1974年製造というから、私は10歳以降に遊んだことになる。俺の記憶、あてにならねー。(わらう)

 

posted by ちゃきん at 11:09| Comment(5) | TrackBack(1) |
この記事へのコメント
そうなんですね、大和さん・・クリスマスシーズンのときはウィンドウのうさぎたちがダンスをしているのが楽しみでした。さみしくなります。
Posted by kuukou at 2009年10月15日 11:38
>kuukou さん

古町はとてもクルマに乗って買い物に行こうと思えない場所だけに、これからが気になります。 西堀ローサなんか、見るも無惨な様子になりつつありますし。
Posted by ちゃきん at 2009年10月15日 12:53
私も今となってはアピタやイオンに入り浸り、それどころか萬代橋も渡らなくなった、一種のうらぎりもの(?)ですが、子供の頃はとてもおせわになっていました。

私は「かえるの口の中にピンポン玉をいれるパチンコ台のようなもの」が好きでした。段々口が閉じるので、いつクリアになるのかは分かりませんでしたが延々と‥w

あと動物(ウサギ?)の巫女さんをした人形がおみくじを運んでくれるのがあったり。

そういえばうさぎやらインコやら売っていた生き物臭いペットショップも段々と縮小していましたもんね‥
Posted by nomeko at 2009年10月17日 00:32
>nomenekoさん

かえるの口にピンポン・・・うーん。記憶に無い。 ウサギの巫女さんは、かすかに記憶にあるようなないような。

ここ数年大和には、買い物には行かなくても新春美術展には行っていました。1階や地下などはきれいですが、正直、上階はあちこちぼろぼろで汚くて、それでも直せない様子を見ると、「ああ、長くはないのかな」とは感じていました。

大和もそうだけれど、ローサ、どうするんでしょうね。
Posted by ちゃきん at 2009年10月17日 07:48
はじめまして。大和新潟店には、私も幼い頃にいろいろと連れて行かれた一画です。寂しくなるとも思いますが、車移動が常な最近では、古町で買い物するのが、結構、手間がかかるような気がしてなりません。私個人としては、大和百貨店と同様、三越もなんだか危ない感じがしてなりませんが、そこら辺は、どのようなものなのでしょうか?三越の傍のマックが撤退するというのが、寂しくてなりません。あそこには、学生時代、いろいろとお世話になりましたので・・・。
Posted by ryo at 2009年12月10日 18:21
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大和百貨店新潟店・閉店前の見納め旅行
Excerpt:  私は子供の頃、小2〜中1までの間、亡父の転勤で新潟市に住んでいました。その新潟
Weblog: カミタク・ブログ
Tracked: 2010-05-09 14:41