2009年09月01日

新型インフルエンザ

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新型インフルで初の学年閉鎖(新潟日報)

新潟市教育委員会は31日、新型インフルエンザのため、同市西区の中学校1クラスを同日から9月3日まで学級閉鎖したと発表した。長岡市教育委員会も、同市中之島地域の信条小2年を9月1から4日、学年閉鎖にすると発表した

今は二学期制の学校も多くなり、私が子供のときのように9月から新学期ではなくなっているらしい。 それでも新学期早々の新型インフルエンザによる学級閉鎖。夏休みが明けたばかりの子供たち、心の中ではなにを思っているのだろう。

死者も出はじめているゆえ、慎重に受け止めるべきニュースなのだろうが、その一方でこんなことも想像してしまう。

きっと、夏休みの宿題が終わっていない生徒は、学級閉鎖になって心の中でガッツポーズしているはずだ。『やった宿題提出免れたぜ、ラッキー!』 なんてね。
不謹慎でごめんなさい。ほんっとうにごめんなさい。 でも子供のときの8月29日あたりからの、あの憂鬱さといったら、未だに心の奥にずっと潜んでいて、ときに夢となって襲ってくるんです。

それにしても、新型インフルエンザはいったいいつまで新型なのだろう。だって、4月に入社した新人クンなんか、今頃絶対に上司に言われているはずだ。「キミ、いつまでも新人のつもりじゃ困るんだよ。早く一人前になってくれないとな」と。

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2009年09月02日

夏休みの終わり

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昨日の日記を書いていて思い出した。たしか小五のときの話だ。夏休みに母の実家の山梨へ、そのまま東京に住む叔父のところへと遊び回っていた。 気がつくと、明日は新潟に帰らなければならない30日。しかし宿題、全然やってない。1ページも、やってない。

あのとき、叔父のマンション屋上から見た東京の景色は、なにかものすごく切迫した情景として、今もおじさんとなった私の心に刻まれている。

なーんてまじめに書くと、どうにもバカっぽいね、どうにも。

そういえば、ドリフの「8時だよ。全員集合」も、エンディングのカトちゃんの「宿題、やったか?」の台詞が耳に痛くて、時間になるとそそくさとトイレに立った記憶がある。 日曜日のサザエさんも、ああ、日曜が終わってしまうのだという気分に浸って、もの悲しい。休みが楽しければ楽しいほど、その終わりが来たときの悲しさといったら、泣きたくなるほどだ。

ま、それもこれも、宿題やってない自分が全てわるいのだけれど。

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2009年09月03日

学級閉鎖の校名、公表か非公表か

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先日日記に書いた、新潟市のH1N1(いつまでも新型のつもりなんて、お父さん許しません!)インフルエンザによる学級閉鎖。新潟日報では「プライバシーに配慮し」という理由で学校名が伏せられていたが、アルビレックス新潟サポーターのSNSで仲間から教えてもらったことによると、朝日新聞新潟版にはばっちりと載っているという。 写真も見せてもらったが、確かに載っている。その後の話では、NHKニュースでも校名を言っていたそうだ。

地元新聞ゆえの慎重な配慮? それとも、もっと別な理由? いずれにせよ、報道するメディアと自粛するメディアが混在するというのは、心の中で「かちっ」と整合性をとれず、とうもろこしを食べた後で歯に薄皮が挟まっているようでむずむずと気持ち悪い。

確かにH1N1インフルエンザが日本に上陸しはじめた当初、アメリカ留学で感染して日本に戻ってきた高校生が、心ない中傷を浴びるという悲しい出来事があった。 そのようなことまで含めて「プライバシーに配慮」なのかも知れないが、しかし、報道の使命としてはどこかずれているのではないか。 どの地域で流行しているかは、予防する観点から見て公表が必要な情報のはず。 メディアが隠すことで、余計に市民の不安を煽るという側面も否定できない。 見えないことで余計な想像力がわき出てしまうというのは、なにもナイスバディのグラビアを見るすけべぇなおじさんだけではないすだ。

ちなみに、長岡は信条小学校2年生。 新潟市は小針中学3年生のクラスだそうだ。

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2009年09月04日

究極の選択

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昨日の新潟日報で見つけた記事

本日4日から6日まで、新発田市紫雲寺地区の食材をふんだんに使ったカレーを楽しめる「第三回カレーまつり」が、紫雲の郷「レストランチューリップハウス」で開かれる。
5〜6人前の量の特大カレーを20分以内に食べきると無料になるというイベントもあるので、大食自慢はチャレンジしては。

カレーというと、思い出してしまう黒い記憶がイラストのこと。 こやつのせいで以後、カレーを食す度にしょーもないことを想像してしまう。 といいつつ割と平気でカレーが大好きな私もどうかとおもうが。

ところで日本人の「国民食」といったらラーメンとカレー。 ラーメンやカレーが嫌いという人はいるんだろうか? ・・・私の周りではぱっと思いつかない。ラーメンの種類によって、たとえば背脂系はキライなどはあるけれどね。

嫁は一日三食、三日間カレーでも大丈夫という人。私はさすがにそこまでは。。。

結婚当初、昨晩のカレーが朝食に出てきたときはびっくりした。「朝からカレーとは、さすがにいかがなものか」と言い争いになった。今は「朝カレー」がCMにもなるくらい一般化。そのCMを見たときの、「ほら見なさいよ」と言わんばかりの、嫁の誇らしい表情といったら・・・。

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2009年09月05日

安全と安心

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昨日の新潟日報12面の連載コラム「ファーマーズ・ハイ」。 若くてファンキーな(笑)トマト生産がつづる話だ。

昨日は生産者として「安全と安心を一緒にしてほしくない」という内容。読んでいてなるほどとうなってしまった。
「安全」は科学的に測定、数値化できるもの。それに対して「安心」とは主観的なものだから、この二つを混同してほしくないという内容である。

中国産冷凍餃子などの事件もあって、農産物へ消費者が向ける安全志向は高くなっている。 生産者は「安全」である製品を提供しなければ、売れない時代だ。しかし、生産者が「安心」を届けることはどこまで可能だろうか。

たとえば聞いた話では、キュウリ。

私の子供の頃、八百屋の店頭にならぶキュウリというのは白い粉をふいていた。これはキュウリから出る自然の成分で、まったく害はないのだが、残留の農薬と勘違いされることが多かった。そのため品種改良 ・・・改良なのかな。もしかすると改悪なのかもしれない・・・ されて、白い粉を吹かないキュウリが店頭に並ぶようになった。昔のキュウリの味になじんだ人には、不満があるという話も聞く。

とはいえ一方的に消費者の「無知」として片付けるわけにもいかない。「これは農薬ではない。自然のものだ」と、農家は、そしてとりわけ八百屋のオヤジは、客にきちんと説明しただろうか。そのような努力を省いて、「消費者の知識不足」というのは筋が違うはずだ。

人間の根底にある感情は「不安」らしい。だから寝ているときに見る夢は、大抵、どんどんと悪い方向に進んでいく。お化けに追いかけられるとか、逃げようとしても足が進まないとか。ハッピーエンドの夢というのは、私自身あまり記憶がない。

消費者側が安心するためには、正確な知識が必要なのはもちろんだが、おおざっぱな性格が案外と必要なのかも知れないね、疑りだしたら切りがないもの。 かといって、雪庇の上に立っていることに気がつかないのはどうかと思うが。

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2009年09月06日

「○×風」と嘘は紙一重

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今日の新聞。全国展開をするステーキチェーン店で、O157の食中毒発生。その記事内に気になる一文があった。

中毒を発生した商品は「角切りステーキ」。角切りステーキといえば、これは100人中100人が、『ステーキ肉を角切りにして、焼いたもの』と想像するはずだ。いや俺は違うぞ!という人は、挙手してください。 ・・・いませんね、はい、いませんね。ではそういうことで話を進めますよ。

しかし、記事を読み進めると、こんなことが書かれている。

『(そのステーキチェーン店に肉を卸していた食肉供給組合は)オーストラリアから輸入した肉を8月3日にミンチし成形加工

>>ミンチし成形加工

おそらく、ステーキなどで切り出したあとの余りの肉なのだろう。もちろん肉として食べても問題はないので、捨てるのはもったいない。通常はミンチしハンバーグやミートボールになる。今回はミンチしたあとで結着剤を入れて、サイコロの形に成形したのだろう。 となると、一般的概念からいうと、本物のサイコロステーキではなく、サイコロステーキ風 の肉だったわけである。

昔、某レストランに勤務していたときも、「サービスステーキ」という名称で成形肉を扱っていたことがある。ステーキ商品の中では一番値が安い。噛むと案外やわらかく、口のなかでほろほろと崩れて食べやすい。 食べやすいはずだ、もともとバラバラの肉をステーキの形にしただけだもの。 焼く前の、冷凍庫から取り出してきたそれは、一枚一枚がまるでコピー機にかけたようにまったく同じ形。実態を知っているバイトやパートさんは、客として来たときにもこの商品だけは注文しなかった。ま、当然だ。 店舗勤めの社員から「これはいかがなものか」という意見が多く、メニュー改訂の際にあっけなく消えてしまった。

誤解されないように言うと、これは偽装でもなんでもないし、法的にも安全上も問題ない。・・・はずである。
ただ、実際に「全く同じ形、大きさ」の肉を見ると腰が引けるし、道義上これらを「ステーキ」と言うのは良心がちくちくする。 正確にはステーキ「風」 の肉であるし、できることならそう書いてほしい。もっとも、それで売れるかどうかは保証できないが。

それにしても、「・・・風」というのも、これはこれで実にあいまいで気持ち悪い。

「イタリア風」や、「京風」などの使い方は納得できる。作法や文化をアレンジしたという意味だから。 気になるのは「手作り風」などの用い方。 なんなんだ手作り風って。本来、機械生産か手作りかは、二者択一のはずではないのか。 機械生産だけれど、手作りのようなアルゴリズムを仕込んでありますということなのか。ひょっとして、あれか? 職人のオヤジの手垢を配合していますとかなのか。"トイレにいったあと、手を洗っていません風味"とか、バリエーションがあったりするのか。

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2009年09月07日

レンタルP箱

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日常生活の中でよく見るのだけれど、名称がわからないモノというのは案外多い。

たとえば酒屋さんが配達などに用いる、一升瓶が6本はいるケース。 今までは「お酒用のケース」とか「一升瓶が6本はいる、プラスチック製のケース」などという身も蓋もない呼び方をしていたけれど、 ─というのは半分嘘で、正確に言うと、ここまで特に「それ」の名を呼ぶ必要もなくここまで生活してこれたのだけれど─ 名称は「レンタルP箱」。 Pがなんの略なのか、今朝見た記事には書いていなかったけれど、プラスチックなのかしらん? 実はあの箱、レンタル会社が酒造メーカーに貸し出しているものであって、当然返却しなければならない品物なのだそうだ。

レンタルP箱。 だそうだ。覚えておこう。将来なにかの役に立つかも知れない。「誰か!お客様の中で、どなたかこの箱の正式な名称を知っている人はいませんか!?」と、フライト中の飛行機の中で添乗員に呼びかけられるかも知れないではないか。そこで颯爽(さっそう)と、名乗り出るのだ。「これはレンタルP箱ですね」。なんて。

よし覚えた。レンタルP箱。

さて、このレンタルP箱。 私にとっては酒屋の配達なんかよりも、盆栽の置き台や脚立代わりの踏み台、夜の屋台では椅子代わりに使われている状態で接することが多い。軽いし丈夫だし、とても便利だ。 ところが本来レンタル元に返却しなければならないものなので、このように私物化されてとても困っているとのこと。今、返却を呼びかけているらしい。うーん、そういえばわが家の父母も、なにかの台として庭で使っていたような記憶があるな。

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2009年09月08日

黙っていた子どもたち

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新潟の話ではないが、子どもたちが親にだまって川遊びをしているうちに、ひとりが溺れてしまい死亡するという痛ましい事故が起きた。

一緒に遊んでいた子たちは以前、水遊びしていたことを強く親にしかれていた。この日も一人が溺れたことに気付いたものの、告げるとまたしかられると思い、家に帰っても黙っていたとのこと。帰らない我が子を心配した親が届け出て、夜中になってようやくその子らから話を聞き出し、事がわかったという。

このニュースを読み、子どもの頃を思い出す。旧新潟市も昔はまだまだ田んぼどころか、沼のような場所があちこち普通にあった。今思えばそうとう危険な遊び方もした。

40年近く前の、新潟市米山でのこと。近所の小川で遊んでいたら、あやまって橋から落ち、一緒に遊んでいた友だちが、あわてて私の親を呼びに言ってくれたことがあったらしい。 「らしい」というのは、なにしろ私自身がはっきり覚えてないからだ。 ただ、眼医者に行き、目の洗浄をしてもらった光景だけは、不思議と今になってもはっきりと思い出すことができる。

さして深い川ではなかったと記憶しているが、それでも落ちた瞬間、気を失っていればどうなっていたのか分からない。 こんなニュースを聞くと、あの友だちに感謝しなければならないのだなぁと思う。  その子の顔も名前もまったく記憶にないけれど、もしもこれを読んでいたら、ありがとうね。キミたちのおかげで僕は今年、無事に45歳になれそうです。

ニュースを見た嫁は「こんな子に誰がした。悪いのは親か、子か?」と憤っている。 小学3年生というから、十分に判断できる力はあるはずだ。とはいえ、子の責任にするのもまた違う気がする。そういう子にしたのは、親?社会? うーん。わからん。

子どもらは叱られ慣れていなかったのか、逆に、あまりに極端な叱られ方をされていたのか。

うーん。わからん。

こういうのはもうちょっと深く探り、社会に還元したほうが良いのではないかしらん。

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2009年09月09日

今更ですが、わが家のミニチュアダックス

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ミニチュアダックス、メス、2歳半を飼っています。
犬を飼うのは初めてではないけれど、昔、まだ私が中学生の頃に家で飼っていたのは外飼いでした。 うまく言えないけれど「犬は犬!」というけじめがはっきりしていました。

室内で犬を飼うとなると、感覚的にだいぶ異なるのだなぁと実感しています。家にいる間は彼女の全ての行動を見渡せるため、これが実に面白い。

わが家には子どもがいないため、正確に人間の子どもと比較することは難しいのだけれど、それでもたとえば、遊んでほしいときに無視されつづけると、しまいには注意を引こうとしていたずらするようなところは、小さい子そっくりなんじゃないかと感心したりしています。

親ばかなので、犬のブログを作ったりしています。
あ、いや。ブログを書いているのはあくまで「くるみさん」なのです、ええ。
決して私や嫁が書いている訳じゃ、ありませんよ。

http://ku-san.sblo.jp/

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2009年09月11日

被り物と市長さんの反応

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一昨日の新聞だったかな。 篠田新潟市長に、劇団員団長が訪問という記事があった。 彼らが新潟で行うのは、YS11(戦後初の国産旅客機)をテーマにした劇なのだそうで、なんと、記事には飛行機の被り物をして市長と歓談する団長さんの写真が載っていた。

市長さんは彼に会ったとき、どのように反応すべきか、選択に困ったんではないだろうかと想像してしまう。

「うひゃあああ。なんですかこれはぁぁぁぁ。びっくりしたぁぁぁぁ!!!」

なんて、オーバーすぎたらおかしい。 被り物ごときでそこまで驚く。そんな人が市長さんで大丈夫かな?と市民に思われてしまう。

かといって、

「あ。そう。それを被って劇をするのですね。ま、がんばってください」

なんてふうに、あまりに冷静・無反応でもそれはさすがにどんなものかと思う。なんと人間味のない市長さんなのだ、というレッテルを貼られかねない。

いろいろ考えると、市長さんというのは実に大変そうだ。驚きすぎても、冷静過ぎてもいけない。適度なリアクションが必要だ。

そんなわけで、今私は、そのときの篠田市長の反応が気になって仕方がない。 ま、篠田市長はとても上手な気がするけれど。

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2009年09月18日

謝罪会見

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芸能人やスポーツ選手がなにか法的違反行為をした後の謝罪会見て、なんでこんなに違和感があるんだろう。 それはたぶん、その善し悪しは全く別として、持っているモノサシが私のそれとは違うからなのだろうなと考える。もちろん持っているモノサシが同じである必要は無いのだけれど。(でも、草なぎくんのそれは立派だったと思うけれど)

「ファンの皆様を裏切ってしまい」

おきまりのように出てくるセリフだけれど、 ─そしてそれは本音なのだろうけれど─  なんだか違和感がありまくりだ。 ファンじゃない人は謝罪の対象外なのかな。 それに、イヤミな私としては「ファンを裏切らなければ」、つまりは、「ばれなければ」、またやるのかな?と邪推してしまう。 一体全体、誰に対して何を謝っているのかなという、とても不思議な気になる。もっとも、政治家の謝罪答弁なんか、それこそ惑星ミランダ人が午後のお祈りの時間に彼らのマントラを唱えているのを聞くような気分になるのだけれど。つまりはなにを言っているのかすらも、分からない。

閑話休題

すべての罪の償いが済んだ上で、芸能界・スポーツ界に復帰するのはかまわない。 けれど、そこでまたお約束のように 「罪を償うつもりで、より一層芸能活動を頑張っていきます」と発表するのも勘弁してほしい。ホント、なにいってんだばーか。と思う。

以前、痴漢騒ぎの後にそのような内容の会見をしていた芸能人を見て、友人が怒りまくっていた。

「俺は単なる会社員だけれどさ、たとえば電車の中で痴漢をして捕まったとして、『これから仕事を頑張りますから許してください』って言えば、社会は許してくれるのか? そんなことは無いよな。それとこれとは全く別の話だろ」

ああそうだよなぁ。その通りだよなぁ。と、妙に私は納得したのだ。

 

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2009年09月25日

芝生日記

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九月も末になって、ムーンライト(ケンタッキーブルーグラス、冬芝)もだいぶ元気を取り戻してきた感じ。それでも夏にダメージを受け、さび病になった葉は基本的にそのまま。あまりきれいなものではないが、葉が伸びて隠してくれることを期待。

追い撒きした種だが、芽が出たところで上記の天候で、まだ幼いままさび病にやられたものがちらほら。 10月に入ったらもう一回撒こうかと思案中。

9月はじめの雨が多かった時期に、リビエラ(バミューダグラス、夏芝)が一時、冬眠期にはいったように、一気に葉色が黄色くなったが、その後天気と気温が良くなってきたことでこちらも回復気味。とはいえ、そろそろ休眠に入るのだろう。

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手前の高麗芝はまだ元気。 それでも少しずつ、とりわけ中央の葉の密度が薄い箇所から、少しずつ休眠期に入る準備をしている気配も。

今月の手入れは、9月にはいったばかりのころに粒状肥料、10日ころに尿素規定量散布。いずれも西洋芝生部分のみ。高麗芝には無施肥。

posted by ちゃきん at 09:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 芝生