2007年09月04日

絵本。「ある池のものがたり」

昨年デパートで見た美術展がきっかけとなって、夫婦ともに好きになった新潟出身の日本画家、横山操。今年の6月だったか7月に、彼の展覧会を見るため長岡の新潟県立近代美術館へ行った。

横山操の絵を見た後、購入したチケットでそのまま入れるからと、常設展にも入場。このときやっていたのが、新潟出身の画家、三芳梯吉(みよし・ていきち 1910〜2000年)が描いた絵本、「ある池のものがたり」の原画展だった。

私も嫁も、三芳梯吉も「ある池のものがたり」のこともまったく知らず、もののついでに見始めた原画展だったが、やがて二人で食い入るように水彩で描かれた原画に見入った。 展示されているのは原画だけでなく、下書き段階の絵、池に住む動植物の下書き、それらに張られた編集者との打ち合わせの付箋。 「ある池のものがたり」という絵本が、どうやって作られたのか、その課程が良くわかる展示だった。

本の内容をまったく知らず、絵だけを見ていたのだが、最後の原画の前で「あっ」と声が出た。嫁が働いている建物が、原画の中にあったのだ。 改めて興味を持ち、もういちど初めから原画と説明文を見直す私たち。それは、新潟市の西大畑町。いわゆる「どっぺり坂」周辺に昔あった、「異人池」と呼ばれていた池の、昔から今へと繋がるものがたりだった。

絵は、ものすごく緻密に書き込まれた新潟の街並みを遠景にして、もともと砂浜でしかなかったこの地域に教会が出来(※今でもありますね)、池が出来、人が住み始める様子が時代に沿って描かれている。それとともに、池に住む魚やカエル、昆虫、植物が、図鑑のようにところどころに挿入されていた。

「すごいね」「緻密だね」。私たちは感嘆の声でうなりながら、絵を見続けた。 最後に完成品である絵本 「ある池のものがたり」が、ケースの中に展示されていた。出版社を見ると「福音館書店」とあるので、書店で探してみようかと思ったものの、よくよくみると添えてある説明文には「絶版」の文字が。

「残念だね」「欲しかったのにね」。そんなことを言いながら帰ってきた。 私も嫁も、その本のことはやがて忘れた。

2週間ほど前、嫁が新聞の切り抜きを嬉しそうに持ってきた。

070904_03.jpg

切り抜きは8月16日の新潟日報。見出しには「異人池描いた、故 三芳悌吉さんの絵本」「1000部限定NPOが復刊」とある。 記事を読むと、

1986年に出版され、その後絶版となっていたこの絵本を復刊したのは「NPO法人掘割(ほりわり)再生まちづくり新潟(川上伸一理事長)」。
2004年11月に三芳さんの絵本の原画展を開催した際、復刊を希望する署名が集まった。出版元の福音館書店(東京都)、三芳さんの遺族と交渉を重ねた結果、同書店から絵本を買い取り限定千部を販売することになった。

と書いてある。

さっそく書店を探すものの、現物は無く、記事を見せて注文した。待つこと約1週間でようやく入手。奥付のとなりには、「限定発行1版 216/1000」のシリアルナンバー?まで入っていた。

070904_01.jpg

070904_02.jpg

近代美術館のあと、「ある池のものがたり」原画展がどこで行われているのかは分からないけれど、機会があったらぜひ見て欲しいと思う。

NPO法人 掘割再生 まちづくり新潟

どっぺり坂周辺がまだ砂丘だった100年以上前の様子から始まり,教会の建設を経た池の誕生の様子、そして、池という一つの自然が、その周囲をかざる風俗とともに変化して現在に至るまでの様子が描かれています。

NPO法人堀割再生まちづくり新潟が出版社とご遺族にお願いし、約4年の話し合いを経て復刊が実現しました

「ある池のものがたり」は定価2000円 新潟市内の北光社・萬松堂・文信堂・考古堂で販売されているとのこと。

posted by ちゃきん at 14:02| Comment(4) | TrackBack(0) |

2007年09月06日

くるみさんの避妊手術

今週末、我が家の飼い犬くるみさんの避妊手術をしてもらうことになっている。 ただ私は、少女売春といわずに援助交際と言ってしまうがごとくの、口当たりの良い言葉で本質から逃げようとするのがイヤなのではっきり書くが、つまりくるみさんの卵巣と子宮摘出手術をするわけだ。くるみさんの卵巣と子宮を手術で取り除き、子犬が生めない体にしてしまうのだ。

今時のまともな飼い主なら、メスを飼った時点で「避妊手術をさせるか、しないか」は、第一に考えるべき問題だと思う。そして、いろいろ考えた末に我が家は飼い犬の避妊手術を行うことにした。

『子犬を生ませるかどうか?』 まずはその選択から入る。我が家は子犬まで面倒を見切れないと判断した。「子犬はいらない」。まずひとつめの設問をクリア。

子犬がいらない以上、屋外で飼っている犬や、あるいは外を自由に行き来させている猫なら、有無を言わずに手術するところだが、くるみさんは完全に室内犬。したがって、どこぞの野良犬がやってきて、知らぬうちに妊娠していたなんていうことは、ほとんど考えられない。 「べつに産ませないからといって、手術をやらなくてもいいんじゃね?」というのが初めの私の考えだった。生理のときは確かにあちこち血が点々と落ち、掃除がやっかいだったが、年に2回程度なら我慢の範囲だ。「生理の汚れくらい、なんとか大丈夫」。ふたつめの設問、クリア。

言うまでもないが、たとえ相手が犬畜生であっても、その生命の源をこちらの都合で切除することが良いこととはとても思えない。私は二つしか設問を考えていなかったのだけれど、もうひとつ、考える項目があった。

人間同様に犬もメスは、長く生きているうちに子宮筋腫や乳腺腫瘍などの婦人病になるのだという。その病気がもとで、命を落とすことが多いのだそうだ。 ストレートに言っちゃえば、避妊手術をしたほうが長生きをする確率がぐんと高くなるということらしい。私が予想していなかった、みっつめの設問である。

あまりにストレートに書きすぎて抗議が来そうだけれど、結果的に、「子犬はいらない。そして、できればくるみさんには長生きしてほしい」と、つまりそういう理由から、我が家は飼い犬の避妊手術をすることに決めた。100%こちら側の勝手な都合であって、くるみさんの要求ではない。

「犬とお話してみたいわぁ」なんてちょっとも思わないけれど、このことについてだけは、くるみさんの意見が聞けたらなぁと思った。「子犬、産みたい?」「子宮を取って、長生きしたい?」 ってね。

070906_01.jpg

今、私の足元で腹を出してだらしなく寝ているくるみさんを見ていると、やはり罪悪感を感じないわけにはいかない。もちろん罪悪感自体が、私の偽善からくる産物でしかないのだけれど。

で、ふと思ったのが、2年前にJリーグサポーターの間で沸き上がった、乳児の臓器移植のための募金活動だった。鹿島アントラーズのサポーターのお子さんが難病にかかっている。治療のためには臓器移植しか方法がない。そして、日本では子供の臓器移植が認められていないために、アメリカに行くしかない。そのための費用が1億数千万円かかる。サポーターでその金額をあつめよう。そういった運動だった。

資金は集まり手術は成功したものの、お子さんはその後の感染症が元で、残念ながら命を失ってしまった。 その後、いくつかのブログで、「日本でも子供の臓器移植を認めよう」といった書き込みを見たが、私は大いに疑問である。というか、はっきり言うと児童以下の臓器移植には万歳で賛成できない。理由についてことこまかに書くと、エライこと長くなるので省略するが、短く言えば、移植するための臓器をどうするのか?ということである。

具体的にイメージしてみるならば、今、目の前に我が子がいるとしよう。ベッドの上で意識がない。でも、延命機器をつけてはいるものの呼吸もしているし、体温も暖かい。そして心臓もきちんと動いている。

医者が私の耳元で、こう呼びかける。

「この子は脳死状態です。もはや助かることは考えられません。この子の臓器をもらうことで助かる子がいます。ドナーになりませんか?」

さあ、その時にどうするかと、つまりはそういうことである。

私には子供がいないので想像するしかないのだけれど、間違いなく自分の子の臓器提供を認めることはないだろう。というか、そんな話を持ちかける医者に、殴りかかっているかも知れない。 子供の臓器移植の認可を呼びかける人は、最低限このくらいのシーンは想像してもらいたい。そしてその時、自分ならどうするのかも。 「助けること」ばかりに目が向かっているのは、とても危険でないだろうか。臓器は畑で生えているのではないのだ。

13歳くらいまで成長すれば、それぞの意識の中に生命とはなんぞや、死とはなんぞやという概念も出来てくると思う。だから、13歳以降なら自分の命の使い方について選択があっても良いと私は考える。しかし、生きること、死ぬことの意味もおぼつかぬ子供の生命を、周囲の大人の判断で決められるのか…。

と、モノを言えないくるみさんの避妊手術をすることに決めた今、そんなことを改めて思い返してみた。

posted by ちゃきん at 13:32| Comment(3) | TrackBack(0) |

2007年09月18日

ペットとおっさんの組合せに関する考察

先々週に避妊手術を無事終えたくるみさん(ミニチュアダックスフント)。避妊手術をすると、身体の代謝が減少するために太りやすくなり、従ってエサの量と運動には気を遣わなければいけないらしい。

くるみのためにも、もちろん自分のためにも、コンビニへの買い物や銀行などに用事があって外出する際には一緒に散歩しようと思っている。思っているのだが、どうにもひとつ、難点がある。そのため結局くるみさんはお留守番、私ひとりで行くことになってしまう。

これを読んでいる諸君。頭の中でしっかりと想像してみてくれ。腹の出た42歳のおっさんとミニチュアダックスが散歩している光景を。

「ぷっ」

あ、笑ったな。今、笑っただろ、おい。いや、でも気持ちはわかる。つまりそういうことだ。おっさんとミニチュアダックスの組合せは、どう考えても「痛い」のだ。もしもフリフリな服を着ているミニチュアダックスなら、痛さも倍増である。この点だけは、我が家はぎりぎりセーフだが。

残念ながら、ミニチュアダックスは中年男の渋みを増すのに役立たない。

たとえば考えて見たまへ。あなたが上野駅で降りたとしよう。そして上野動物公園に行くとしよう。そう、あの銅像がある。西郷隆盛だ。

貫禄ある体躯。きりりと引き締まった表情。 そして彼の脇に寄り添う、これまた凜としたたたずまいの薩摩犬。彼の人となりを表すにふさわしい銅像である。

これがもしも。もしも、西郷隆盛の隣にいるのが、ミニチュアダックスだったらどうだ。しかも、服を着ている。そしてリボンも付けている。

偉人、台無し。

へんなおじさんに、格下げ。

チワワだと、更に格下げ。

思い出してみよう。アイフルという企業が、おっさんとチワワという、本来の常識ではありえない組合せのCMを流していたことを。その後、アイフルがしょせん恐喝まがいを繰り返す高利貸しでしかなかったことからも、見えてくる真実は明らかだ。

いい歳したおっさんと小型犬の組合せは、信用してはイケナイ。近寄ってはイケナイ。

つまりそういうことである。

人は、うかつにペットと散歩してはならない。似合わないペットとの組合せは、滑稽でしかない。

007に出てくる世界征服を企む悪の総統は、膝の上に真っ白なペルシャ猫を抱いていなければならない。これがもしも三毛猫だと、ちょっとどんなものかと思う。007じゃなくて水戸黄門の悪代官だ。総統というよりは相当の悪よのぅ。なにをおっしゃいますお代官様こそ。だ

ナチス親衛隊員の隣にいるのは、シェパードでなければならない。これがポメラニアンだったりすると、どんなものかと思う。ナチス親衛隊というよりは、ただの軍服ヲタのコスプレデブで、家に帰るとマチルダ・アジャンのポスターにキスとかしてそうだ。

かように、おっさんとペットの組合せは難しい。

もしかすると、「おっさん」だからダメなのかしらん。年齢を下げて考えてみよう。

30代男性とミニチュアダックス。ダメだ。

20歳の男とミニチュアダックス。 いやいや、やっぱりちょっといかがなものかと思う。

高校生、ダメ。 中学生…、ダメだ。ニキビ面とミニチュアダックスも相容れない。

考えるに、小学低学年まで敷居を下げないと、ダメなのではないだろうか。

でも、不平等なことに、たとえば若い女性がドーベルマンを散歩させている光景なんかは、結構そそられるものがある。 婦人警官とシェパートなんて、きっとマニアには堪らないはずだ。な、カール。もちろん若い女性とミニチュアダックスも、なんら問題ない。

やや問題になるのは、女性が変化しておばさんになってから先だ。 セレブなおばさまならドーベルマン可。 ボンレスハムが服を着ているようなおばさんは、ドーベルマン不可。

おおっ!なんだか法則性が感じられるぞ。

つまり、ペットの散歩は、服装のコーディネートと一緒である。コーディネートはこーでねぇと。

posted by ちゃきん at 16:23| Comment(4) | TrackBack(0) |

2007年09月21日

くるみさんの手術後

070921.JPG
※手術翌日のくるみさん。机の下にひきこもり

もうかなり時間経過してしまったが、くるみさんの避妊手術後の様子を書き留めておこうと思う。

手術は土曜日に行い、1日だけ入院。引き取りにいったのは翌日の午前中だった。想像していたことだし、医者からも言われていたが、その後しばらくは様子が以前とは異なっていた。

まだ麻酔が完全に切れていないのか、あるいは手術箇所が痛むのか、後ろ足がきちんと立たない状況。歩いてもふらふらして力ない。やがて、お尻をぺたんと床についたまま、前足だけでずるずるとほふく前進のように歩き始めた。もしやなにか後遺症が残るのではと、正直なところちょっと動揺した。が、この行動は翌日には解消。

気になったのは次の2点。

私の机の下に潜り込み、呼びかけても出てこようとしない。電気を消し、私と嫁がリビングで食事をしていても、暗闇の中ひとりで机の下にこもっている。今までは絶対にこんなことは無かったのだ。

私のパソコンデスク周辺は、彼女の昼の定位置なので、机の下に潜ること自体は普通だ。以前は、私が部屋から出ようとすると後ろを着いてきていたのだが、手術直後はいくら呼びかけてもひとりでうずくまって出てこようとしない。私や嫁が、仕方なしに彼女を残して部屋から出ると、ときおり 「きゅんきゅん」と寂しそうな声をあげて鳴く。 でも、やはり自分からは机の下から出ようとしない。

今、あらためて考えてみた。

くるみは、おしっこのそそうをしたり、紙をばりばりに食いちぎったりして、私や嫁に叱られる気配を察すると、一目散に私の部屋に走り込み、机の陰に隠れる。(この行動はそれなりに可愛い) 手術直後は、腹部の痛みに、始終罰を受けているような錯覚を受けていたのでは無いだろうかと想像してみた。「痛い」→「叱られた」→「机の陰に隠れる」。と、その思考パターンだったんじゃないかなぁ。

机の下の引きこもりも3日ほど経過したら治った。 今では以前と同じように、私がパソコンで作業しているときは足元で寝そべり、部屋から出ようとすると起き上がって後ろを付いてくる。むしろ最近は、部屋を出ようとパソコンや扇風機 (私の部屋にはエアコンがない) のスイッチを消すと、それを見て、私より先に立って部屋から出て行くくらいだ。おまえちょっとご主人さまの前を歩くなよ。って感じだが。

最後にもうひとつ、手術後の異変。悲痛な鳴き方が極端になって病院から戻ってきた。

私や嫁が外出で部屋に取り残されそうになったとき、以前ならば 「きゅうーん。くいーん」程度で寂しそうに鳴くくらいだったのが、手術後には「きゃいんきゃいん。きゃいいん」と、ほとんど叫び声に近い勢いで鳴く。手術に際、ひとりにされて痛い目にあったのがよほど怖かったのかも知れないが、それとは別に、動物病院で一泊した際、他の犬から鳴き癖をうつされてきたのではないかと推測。

病院から聞いた話では、手術前にほとんどの犬は気配を察してひどくおびえてしまうらしいが、彼女は平然としていたという。それどころか、嫁の話では預けられる直前の診察の際、医者に向かって腹を出し、しっぽをブンブン振って愛嬌を振りまいていたらしい。それはそれでちょっといかがなものかと思うけれど。

入院しているほとんどの犬は吠えっぱなしだよ。とは嫁の話。 いままであまり大きな声で吠えたり鳴いたりすることのなかったくるみさんだが、病院に一泊した際に余計なことを学習してきたのかなぁ、と、ちょっと憂鬱になった。

これも、2週間ほど経過し、日常生活を取り戻してからは比較的落ち着いて来たように見える。しかし、手術以前よりは「きゅいんきゅいん」もかなり大きいことには違いない。頼むからもうちょっと静かになってね。

posted by ちゃきん at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) |

プリンタ詰め替えインク

070921_02.JPG

夏に買ったキヤノンの複合プリンタ、MP810。 あまり大量にプリントするわけでもなかったが、そろそろインク残量が乏しくなってきた。純正の交換カートリッジはカラー印刷4色セットで3千500円。これに文字印刷のための顔料ブラックも含めると4千円を超えてしまう。さすがにこれはちょっと高い。

考えた末に値段の安さに負け、サンワサプライの詰め替えインクを買ってきた。カラー4色+顔料ブラックのインクが『約4回交換分』と、詰め替えるための必要な工具がセットになっている。新潟のヨドバシで2380円だった。

昨日さっそく、残り警告の出た2色のカートリッジに詰め替えてみた。最初だけはセットに附属するドリルでインクカートリッジに穴を開けなければならない。ちょっと力が必要。開けた穴からインクを入れ、穴には附属するキャップを閉める。にじみ出たインクを拭き取り、プリンタにセットして作業終了。

ネットでつめかえインクの評判を見ると、「ノズルが詰まった」とか「やはり純正カートリッジにした方が良い」という意見が多いのは確か。その一方、「ちょっと色味が変わったかな?と思うものの、まったく問題なく使用できている」という書き込みも複数あり、さて、私はどうなりますやら。

様子は、そのうちコメント欄に書きます。

posted by ちゃきん at 11:59| Comment(6) | TrackBack(0) |

2007年09月24日

shall we shiba-kanri(ver.070924)

070924.JPG

種まき諦め、結局ムサシで高麗芝購入。

さあ、冬になるまでに少しでも根が伸びてほしい。

posted by ちゃきん at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) |