2005年08月05日

初体験

いやん。ダメ。
白くてどろどろしたものがオクチの中に・・
あぁ!こんなの飲めないわ。ゆるして(はぁと)

と、そんなわけで。この歳にして始めてバリウムを飲んできました。
バリウムがどれだけ飲みにくいものかは良く聞く話です。更に、前夜からうちの嫁までもが、どのくらいバリウムがつらくて大変なものであるかを私に力説してくれました。つらい大変と力説するくせに、嫁の表情の中には心なしか嬉しそうな気配を感じたのは私の気のせいだろうか。

で、当日。
朝から一気に気温30度オーバーの真夏日。 検診は09時?11時まで受付と書いてあるので、少しでも涼しいだろうことを願って8時50分に到着。だがしかし、考えることは皆が同じだったようで、いきなり長蛇の列。この日の最大ピークにぶつかってしまった。結局、小学校の校庭で50分待ちをするはめになる。検診現場で倒れるっちゅーの。

ようやく冷房の効いた検診車の中に入ることができた。車の中では私の一人前のおじいちゃんが、カーテンの向こう側で「ぐえっ」とか「げほっ」とか「ぐええええ」とか。バリウムくるしいよーたいへんだよー。という音響効果抜群のプレッシャーを私にかけてくる。ジイさん、分ったから静かに飲めよ。

ジイさん、なんとか飲み込んだらしくてレントゲン室へ。そして私がバリウムを飲む順番に。

まず、砂糖のスティックのような袋に入った、発泡スチロールの球のようなものを手渡された。「はいこれ、膨らませるための薬品です。これを一気に喉の奥まで入れて」と看護婦さん。言われるままに喉の奥へ一気にザラザラ入れる。間髪いれずに「はい、これで飲んで」と、少量の液体を渡される。言われるままにその液体を口の中に流し込み、飲み下す。ああ、今の私って、マインドコントロールされたインチキ宗教の信者並みに無抵抗。言われるままによくわかんない薬品飲んでいる。

そしていよいよバリウムのボトルを渡される。そうかこれがバリウムなのか。これが今まで幾多の人類に苦痛を与えてきたのだな。。
などと、感慨にふける間もなく、なぜかジイさん入ったばかりのレントゲン室の扉が開く。中から技師の「朝食を食べて来てしまったようで、今日この方はできません」との言葉。
なんだよジジイ、朝飯食って来たのかよ。説明書いっこも読んでなかったな。

そんなわけで、誰もいないレントゲン室が私の目の前で かぱっ と扉を開けて「早よ飲め。早よ入れ」と無言のプレッシャーを私にかける。

おのれバリウムめ。
こういうのは、きついとか、つらいとか、たいへんだとか。そういうもろもろの事を感じてしまうからイケナイのだ。 何も感じないうちに一気に飲めばいいのだ。たぶん。。。。

私の頭の中で、大学の時の記憶を呼び起こす。

手は腰に当てる。
息は軽く吐く。

頭の中で、小人さんが踊り始める。

「あそれ、イッキ。イッキ。イッキ」

頭の中の小人さんの音頭にあわせ、何も考えないことにする。何も感じないことにする。

     あ、それっ。イッキ。イッキ。。。

プラスチックのボトルに入ったドロドロした液体。
これは、安田ヨーグルトだ。安田ヨーグルトの一気飲みなんだ。そう念じればそう思えなくもないわけでもなくがなくもない。どっちやねん。

結局、苦しいとか飲みにくいとか感じる前に一気に飲み下す。作成大成功ざまーみやがれバリウムめ。そんな誇らしい気持ちでレントゲン室へ。

だが、バリウム飲んで安心したのが大失敗だった。
なんだよあれ。あのぐるぐる動き回るレントゲン。

あっち向けこんどは体ひねれ。右を向いて仰向けにまわってください、いやいや、それは左です。右ですよ右。とか。こちとら全く無抵抗で蹂躙されまくり。

勝ち負けでいうと、結局最後に逆転負けを喫した気分だ。何というか、今まで守り通してきた大切なものを失ってしまったような、そんな感じ。

「家に帰ったら飲んでくださいね」と手渡された下剤だが、胃腸の丈夫な私には全然効き目無し。ま、ほっとけばいいか。

翌日。うんこは真っ白なはずだったけれど、見る前に流してしまったのが失敗。真っ白なうんこなんて、人生の中でそうそうお目にかかるチャンスはないだろうに、これも勝ち負けで言うと負け。

診断結果はまだ来ていないが、げっぷを一つも出さずにバリウムを全部飲み干したわたしのことだ。きっとこれ以上ないほどにきれいな写真が撮れているはずだ。
posted by ちゃきん at 17:09| Comment(1) | 日記

2005年08月06日

トコロテン

道沿いにいろいろな店が並ぶ朝市。歩いているだけで額からだらだらと暑苦しく汗が出る中、トコロテンのお店を発見。老夫婦二人が汗だくで行列を作るお客さんをさばいていた。


天突きで押し出すおじいさん。お金を受け取り、おつりを渡すのはおばあさんの役割。私たちは一袋300円を購入した。子供のときには、トコロテンのあの独特の香りが苦手でほとんど食べることはなかったのだが、大人になったある日。うだるような暑さの中で食べたトコロテンの、あの涼感はとても衝撃的だった。なんでこんなに涼しさのあるものを、今まで食わず嫌いでいたのだろう。ああもったいない。


そんなわけで以後、ソウメンや冷やし中華と並ぶくらいに、私の夏にはトコロテンは欠かせない食べ物になった。ビールは言わずもがなだが、これは別に夏に限らないので除外しておく。


早速食べてみる。スーパーなどで市販されているものから比べると、一本が太い。 そして、何よりも嬉しいのは、突き出したトコロテンの一本一本のカドが かちっ と、垂直に切り立っている事だ。 スーパーで売られているものの中は、運送の段階で揺られてカドが磨り減ってしまうのか、へなへなになっている場合がある。これでは清涼感が台無しだ。マグロの刺身も上手い職人が切ると、カドが ぴしっ と、立つ。下手な人が切れない包丁で切ると、ぐずぐずになる。 食べ物はカドは鋭く立つに限るのだ。カドが立って困るのは人間関係だけなのだ。


と。これほどまでに私はトコロテンについて熱く語ることができるのに、残念ながら妻は今でもトコロテンが好きではないらしい。もっとも、本人が言うには、トコロテンそのものよりも、かけてある酢がダメらしく、冷蔵庫の中にあった黒蜜をかけたら普通に食べていた。確かにトコロテンに黒蜜をかけて食べる人もいるので、妻のそれをちょっと食べさせてもらったら、、、


むきー!


と、ちゃぶ台をひっくり返して暴れたくなるような怒りを感じた。もっとも、我が家にはちゃぶ台がないからおとなしくしていたけれど。


いやとにかくだ。黒蜜なんてかけたら、あの清涼感が全くないじゃないか。許さん!


そんな私にとって、トコロテンを美味しく食すには練り辛子と刻み海苔が必要だ。それにくわえて、個人的には錦糸玉子がぜひ欲しい。欲しいのだ。チューブの練り辛子と刻み海苔は我が家にある。ところが妻は錦糸玉子を作るのが面倒だと言って省かれる。むきー!責任者出て来い! いやそれは私か。


朝市で買って来た袋いっぱいのトコロテンも、そろそろ終わろうとしている。やはり、最後の一食は自分でやるしかあるまい。


  


そんなわけで、最後の一つ。味には満足したのだけれど、器が清涼感なさすぎたな。最後の詰めが甘かった。

posted by ちゃきん at 09:26| Comment(0) | 日記

2005年08月31日

飛島

「島へ。」という雑誌の仕事で、8月28日に飛島(山形県酒田市)へ行ってきた。飛島は周囲10.2km、面積2.32k?。人口は昭和30年の1,246人をピークに平成14年の調査では334人、しかも老齢人口比が約50パーセント。失礼ながら、いわゆる寂れていく島である。


飛島へは酒田港から約40km。300人乗りの船で一時間半だ。決して大型とはいえない船なので、波の影響はそれなりに受ける。この日は天候こそよかったものの、2日前に通り過ぎた台風の寄り戻しの波があったらしく、うねりが大きい。 ぐおおおお。と持ち上げられたかと思うと、すすすすっ。と落とされる。まるでゆっくりしたジェットコースターに乗っているかのような気分。乗り物全般が平気な私でも、出港して30分で気分が悪くなる。うげげげ。


飛島には無料の観光用自転車がある。食堂入口にある利用者名簿に名前住所を記入して、港とは反対側にある本日の取材先のお宅へGO。小さな島だから楽勝楽勝♪ なんて思っていたものの、途中の山が結構急斜面なため、自転車を押しながらひいこらひいこら。汗を拭きながら登る。途中、最近完成したという緊急用のヘリポートにヘリがいて、ちょうど離陸するところに出くわした。 ものすごい風圧に飛ばされそうになる。


この日の仕事は飛島名産の「イカの塩辛」の取材。イカの塩辛というと広口のビンに入っている、赤みがかったどろりとしたものを想像するだろうが、飛島のものはさらさらした液体のタレに入っているのだという。そのイカの塩辛を作っているお宅にうかがった。イカの塩辛造りといってもそれ専門にやっているのではなく、基本は漁師さんである。自分で釣ったイカを塩辛にし、漁協に卸しているのだ。


着いたのが11時前だったが、今は昼飯中だからもうちょっとまってくれとのこと。さすがは漁師町、昼ごはんが妙に早いぜ。「それでは後ほどまたうかがいます」と、再び観光自転車にまたがって港の風景を撮影してまわる。観光船が着く飛島港の周辺にはお土産店も食堂も民宿も駐在所もあるが、ここはその港の反対側。漁港と民家があるだけで、腕時計を不要とする空気が流れている。


12時半くらいに再訪しイカの塩辛造りについて話をうかがう。あらかじめ調べていった知識によれば、一般的にイカの塩辛は作るのに3?5日もあれば十分。あっさりしたものが好みなら塩漬けして翌日にだって食べられるしろものである。しかし飛島の塩辛は6月に仕込んでから食べられるようになるまで約4か月。しかも、先ほど書いたさらさらした液体のタレに関しては、前年に仕込んだイカの内臓(地元ではゴロと呼ぶ)を仕込んで熟成させた1年ものだという。(話によると、2年も熟成したタレを使う人もいるとか) 何年か前に飛島の塩辛がテレビで扱われて注文が殺到したそうだが、タレが一年前に仕込んだものを使うので、急に増産しようとしてもできないとのこと。


飛島のイカの塩辛は、島の漁協が一括して販売している。それなりに値が出てくれば、しゃれた容器に入れて高級感を出して高く売ろうと思うものだが、ここではなんとビールの空き瓶だ。回収したビール瓶のラベルをはがし、殺菌消毒して「飛島名産イカの塩辛」容器として使う。オシャレじゃないことこの上なし。いかにも「地元の漁師のおっちゃんおばちゃんの手作り」といった趣(おもむき)があって良いのだが、何せ見た目はビール瓶にラベルを張ってコルク栓である。正直なところナウなヤングはそれだけで買うのに躊躇しそうだ。なぜビール瓶なのかというと、「値が安いから」と、なんともストレートなお答え。つまり漁協の買い上げ値段が決まっているから、だったら生産者側は安いコストで作りたい。一時はしゃれた容器も使ったそうだが、コスト高で中止になったそうだ。もしも島が裕福で、塩辛造りの工場などを建設することができれば事情もかわってくるだろうが、ここは飛島。個人宅で作られているからこそのビール瓶が容器という結論なのだろう。もちろんビール瓶には、「口が狭いために空気に触れず味が落ちない」「日射をさえぎる」といった効果もあるわけだが。


「9月になったら塩蔵してあるイカの切り込みをするけど、今はなんにもやることないよ」というタイミングで訪れたものだから、なにか作業している写真を撮らせてもらおうと、お願いしたのがビール瓶のラベル剥がし。水に浸かっているのはキリンの一番搾りでした。これが塩辛の容器に一番適しているのだそうだ。


と、いうのはもちろん嘘です。



「ビール瓶の容器なんて、取り出しにくそうですよね?」と聞くと、おじいちゃん得意になって

「あのね、針金の先をクルクルッと巻いてね、で、ビール瓶は45度に傾けるのよ。45度。でね、その針金をビール瓶の中に差し込んで、中のイカを引っぱりだして食べるの。それと必要なのがたっぷりの大根おろし。塩辛と一緒にして食べると、これが美味いんだわ」と説明してくれた。うーむなるほど。それっていかにも美味そうな食べ方。



酒田に戻ったのが17時半。海産物センターでは閉店時間間近のため、岩ガキが通常500円のところを300円に値下げ中。求める人が群がっていましたので私もひとつ。



ぷりっぷり。つるつる。磯の香り満点。うまー。

posted by ちゃきん at 12:55| Comment(1) | 日記